>>412
牛島司令官と長参謀長には大本営から示されもしない沖縄の戦略目標とか知ったことではないから名誉の玉砕をキャリアの最期に望んでいた気配がムンムンするし、八原参謀は出世街道には乗れなかったものの、頭がよかっただけに本人の考えた最強の防御戦術を実践したうえで、なんとかアホすぎる大本営のために死なずに生き延びようとしていた意思も感じる。

住民保護は戦闘開始後はそれどころじゃなくなったというのが実際ではないかな。文字通り朝から晩まで終始砲爆撃を受けるなか全滅した部隊の補充やら切り込み命令やらを出していたのだから。摩文仁の頃は敵が壕の近くまで迫るなかまともに自決するのにも苦労しているし。