秀吉による朝鮮征伐の軍事分析part11 [無断転載禁止]©2ch.net
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>>645
攻撃するしないを決める指揮権を持っているのは明将だから。
李はそんなに偉くないぞ。 制海権失って補給も絶たれてるのになぜか上陸して年単位で戦い続ける秀吉軍は戦略輸送機を保持していたに違いない。 しかし、チョン国家って、300年前の元寇の時に自分たちが日本に侵略しておいて
日本が侵攻してくることを情報として掴んでいながら、完全に無視するとか
どういう構造なんだろうか。まるで朝鮮戦争みたいだな。 それ以上に慶長の役でも南半分取られてるのが何とも間抜けだな 卍は教科書に沙也可を捻じ込んでるんだな
ttp://wakayamau.blog116.fc2.com/blog-date-20160928.html
教科書で戦争経過の概略もまともに説明されていないというのに
わざわざ沙也可如きにスペース割いて載せる必要があるとは思えん 卍といえば
NHKで昔放送された歴史番組で
蔚山の戦いは加藤清正が這う這うの体で逃げ出したのが結末みたいな
史実を逆にした内容を垂れ流してた
この番組を監修したのが卍
これも長篠の戦いで織田コ川側が逃走したというのと同レベルの捏造歪曲 >>651
いかに戦国武将が屈強と言えども、水と食い物が無ければどうしようもない・・・ 実際に精強ではあったしな……糧食なし、補給もなしで十倍の敵に重包囲されて生還したなら、そりゃ立派な戦果だろうよ。 当時の李氏朝鮮には、倭寇との戦いに使われた『刀船』と呼ばれる特殊な船があり、これは船べりへハリネズミのように槍や刀を並べて、敵の接舷を防ぐものだった(記録にも残っている)
また亀船の記録も残っており、こちらは板屋船に装甲を施し、刀船のように刃物をならべて接舷切り込みを防ぎつつ、船内に搭載した大砲で攻撃するというコンセプトが確認出来る。
ただし、当時の朝鮮式大砲は日本でいう大鉄炮サイズが多く、また後装式の仏郎機で威力も劣るため、こうした遠戦指向が、実際の戦闘でも発揮出来たかどうかは疑わしい。
また亀船には龍を模した船首像があり、これは一種の衝角となっていたようで、龍の口の部分に硫黄と可燃物を入れて火を付け、敵に突撃したらしきことも推測出来る。
これらの事から、亀船は艦隊の最前線で敵に突撃する特攻隊であり、装備の多くは接近を拒み、また敵を威嚇する為だけの物だったと考えた方が現実的だろう。
また戦中に建造されたのは僅か三隻だけで、当時の朝鮮海軍の方面軍ごとに一隻という少なさだった(戦後で最大二十隻まで増えた)
因みに、これは韓国人による『亀船』という本に記載されているもので、良い意味で韓国人らしくない、資料を重視した抑制された内容の好著なのでお勧め。 装甲していようがいまいが、安宅船は安宅船だからね。
逆に、素材が革を漆で固めた小札だろうが、鉄の板札を使った桶川胴だろうが、鎧は鎧。文句なく装甲だろ?
中国には紙を素材にした紙甲だってあるよ。 あと『装甲艦』の定義は調べておいて。
日本の鉄甲船も装甲艦の歴史において語られることが多いが、基本的に狭義の装甲艦とは、
(1)炸裂弾が使用され、
(2)クリミア戦争で、木造船に致命的な効果が証明された後、
(3)1854年のフランスで建造された初の装甲艦、『LAVE級』以降
の一時期の艦種を指す。
そりゃ『戦艦』と呼べば、ナポレオン以前の主戦列艦から、前大戦の戦艦や弩級戦艦まで幅広く網羅するけれど、狭義では前大戦までの『戦艦』だよね? ようするに研究者とかいっても脳内イメージで李舜臣が制海権取っただの補給線寸断した
だのと言ってるだけで実際はまともに研究してなくて
ネットのブログとかのほうがよっぽどまともな研究してるのが実態
李舜臣が日本軍の補給線を寸断したという虚構(文禄の役編)
http://tokugawa-tokugawa.blogspot.jp/2011/09/blog-post_10.html いずれにせよ、制海権を失ってない・補給路は断たれてないって主張はネウヨブログ以外で見たことないわ。
ちゃんとした研究者で、そういった主張してる人いたら教えて欲しいね。 存在しなかった亀甲船呼称止めるべき
亀船でよい
このせいで装甲で覆われていたように印象操作される 第一次朝鮮戦争:日本(朝廷軍)VS中国
第二次朝鮮戦争:日本(秀吉軍)VS中国
第三次朝鮮戦争:大日本帝国VS中国
第四次朝鮮戦争:大日本帝国VSロシア帝国
第五次朝鮮戦争:米VS中国
第二次以外いつも同じパターンという。 結局、世界征服のハズが小島すら盗れず逃げ帰ってきただけなんだよなあ >>661
いちおう南蛮のことを知っていて、ターゲットは天竺までだから、
世界征服までは考えていないはずw 当時(というか前後数千年は)中国インドは間違いなく世界最強なんで
領土取れなかったとしても仕方あるまい。
ボケた秀吉以外海外領土に興味なかったし 朝鮮南部だけでもと、必死こいてたのを無かったことにするんですね 既に敵の手口分かってて満を持して迎え撃ったのに
巨済島沖でボコられたから南半分取られちゃったんじゃないの 実際問題、装甲といった場合、鉄による防御を施されたものというイメージが存在する
ならば、鉄による防御を施されていない場合は、装甲という表現は避けるべきだろう
木材による防御なら盾板、竹による防御なら竹束など、それに相応しい表現があるのだから
装甲という表現はむやみに使うべきではない 日本の城見聞録が城そっちのけで戦役経緯の解説やってて、
案の定というか、制海権を奪い返されて食料弾薬の輸送が困難となり、
明朝鮮連合軍が大反攻とかなんとか…まぁ、朝日だし。 夏だし、暑いしw
まぁ、おまえら、少し気分転換しろ!
お山のオカルト置いとく。
ちょっと気色悪いけど・・・
★山霧の巻くとき(山岳ホラー)★
http://slib.net/71604
上松煌 作
(プロフィール) http://slib.net/a/21610/
最後のほう、グロ注意?!! 当時の艦で、鉄の装甲板など貼っていては、機動力の低下と重心の悪化は避けられないから、恐らく鉄甲でないことは確実だけどな。
その上で、上甲板も装甲していたらしい記述は残っているって話しだろうが。
……そう言えば、何気に信長の鉄甲船も、上甲板を上から覆うような装甲はしてないんだな。 もし「亀船が装甲船だった」ということを証明する一次史料があるなら
具体的に提示してくれよ なに? 弓矢でもスポスポ貫けるほどの紙装甲だったのか? 鄭運は日本側の大砲で打たれて死んだんじゃなかった? 甲板もない船とかどうやって操船するんだか
動かず水上要塞的な使い方なら分かるけど 通常の船に蓋した盲船は世界で散見されるから操船自体はできるべ。
重いから足は遅く、見張り能力も低いから海峡封鎖とか動かないお仕事じゃないとただのお荷物だが >>674
しかしなぜか、朝鮮の亀船だけは快速高機動でオールマイティに大活躍という設定なってるよね。 北島の本読んだらびっくりするぞ
戦いの勝者と敗者を逆にするようなことを本当に書いてるから
例えば南原の戦いで撤退したのが日本側みたいな記述をしてる
これは長篠の戦いで織田・コ川が退却したというレベルの捏造歪曲 サムライはさぶらう(従う)からきた名詞
侍と言う漢字も、元来 「貴族のそばで仕えて仕事をする」という意味だとか 『高麗船戦記』は学術的にほとんど取り上げられない代物なんだな 制海権は日本軍は一回もうしないってないぞ。
李舜臣死んでんじゃん。 風土病が酷すぎる。
軍事衛生が発達するまで無理やろ。
殆ど病死。 装甲艦が生まれたのは1854年なんだから、それ以前の船を装甲艦と呼ぶのは適切ではないわな。
故に信長の鉄甲船も装甲艦ではなく、よって鉄甲船には装甲がなかった事が証明される。
変な三段論法だと思わないか? 亀甲船は江戸時代から知られてるぞ。もっとも本来の朝鮮名称は“亀船”なんだけど、
今や日本側名称の“亀甲船”で朝鮮でも通ってるが。 【土曜企画】黒人傭兵 - タタール巨人投入したが...泗川倭城血戦惨敗(韓国語)
ttp://news.donga.com/Main/3/all/20170715/85364841/1 “李舜臣将軍、壬辰倭乱の戦闘は38勝5分け”
ttp://www.hani.co.kr/arti/culture/book/205028.html 日本軍の敗北は鮮軍の戦果で、
日本軍の勝利は明軍の責任、
そんなアホ評価を見せられても
朝鮮以外の人々は困るよな。 記録みれば“撞破”が砲撃による破壊以外を意味してる可能性はない >>690
勝つ度に後方に退却し続ける感じだっけ? >>693
そして北朝鮮あたりから対馬海峡の輸送船団を攻撃するんやで。
空母機動艦隊かな? >>678
『高麗船戦記』は日韓ともに亀船および朝鮮役の海戦に関する基礎史料として引用されてるから、
それが信用ならんということであれば、それを越える亀船に装甲がなかったという“一次史料”を
出せば済むことなので、是非よろしく。
挙証責任はそっちだから、期待してるよ。(・∀・) 自動車が発明されるまでは長らく食料の長距離輸送は船を使うのが常識だった
当時の日本でも当然ながら兵糧の長距離輸送は全て水上ルートを使っている
なのに文禄の役では釜山からの輸送は陸路を使わざるをえなかったのだから
日本側が制海権を失って止む無く海上輸送を断念していたのは明らか >>697
食糧輸送?
食料は現地調達が常識じゃないのか? >>697
一応突っ込んどくけど、「自動車」じゃなくて「鉄道」な。
日清戦争でも苦しんだ、朝鮮内の悪路と厳しい天候は日清戦後に鉄道を引いたので、まったく苦にはならなかった。 それならなんでも言える
「五洲衍文長箋散稿」等によると、晋州城が包囲された際、飛車を作り人々を城から30里外まで脱出させたという
これらを超える、飛車が無かったと言う一次資料が無い
つまり飛車は有ったと言える >>697 日本側が制海権を失って
そのような事実はありません。 >>688,692,696,700その他諸々
オマエいい加減、別スレから引用符もなしでデタラメに書き込みをコピーするのを止めたらどうよ。
この気持ち悪い粘着ぶりはID変わってても、全部スレ立てた>1なんじゃないかと思ってるが。 自由な船舶輸送は難しかったにせよ、占領地域の港を軍港として防備を固め、危なくなったらそこへ逃げ込めるようにしておけば、艦隊決戦なぞする必要はないだろ。
当時の船舶では地文航法が精一杯で、亀船であれ板屋船であれ、長期間おなじ海域に留まることは出来なかったんだから、隙を突いて船を出すくらいはワケもない。
だいたい補給に苦しんでいたのは、清軍だって同じだぜ? >>703
そもそも日本側は半島西海岸の輸送航路確保なんてのは端から考えてないし、
文禄の役の反省から、慶長の役では順天以東の南海岸はしっかり確保していて、
民間業者の船舶が自由に行き来してたからな。
両役通して大動脈たる名護屋−釜山間の船舶輸送は全く無問題だし、
>697は韓国史観丸飲みしてるのか知らんけど、物知らずすぎ。 >>656
その「装甲艦」ってのは19世紀の英"Ironclad ship"、独"Panzerschiff"に相当する物の訳語だから、
朝鮮役当時の船舶に無理矢理当てはめようとしても意味無いだろ。
亀船も安宅や関船も木板での盾板等の装甲を持つ軍船には違いない。 そんな事は俺だって分かってるよ。
ところが「如何なる形であれ、亀船に『装甲』なる単語は使ってはならぬ。
何故なら亀船は装甲艦ではないから」と言い放つ馬鹿が居るので、わざわざ定義から教えてやったんだ。
丸木舟や筏に搔楯を並べたって、装甲と言えば装甲だしね。
後はその『程度』の問題だろ?
関船は楯板で総櫓を設けて居るので、中の兵士が敵の矢弾から身を隠して攻撃出来る。
立派な装甲だと思うし、Wikiにもハッキリとそう書かれている。 当時、軍船に搭載可能な火砲で沈めることができないなら、それは
戦艦並の装甲を持つ軍船、すなわち装甲船と呼べなくはないかね? 当時に限らず、ナポレオン戦争以後も、大砲で船を沈めるのは、ほぼ不可能だったよ。
それに『装甲船』なんて新たな言葉を持ち出したら、それはそれで定義論になってしまう。 シナチョン負けてばっかじゃねぇかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
DNAオナジナンダーして見下すアホwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
寄生虫ネトサヨシナチョンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww 【韓国/航空技術】 壬辰倭乱時に空を飛んだ「ピチャ(飛車)」、発展委員会開催 〜ライト兄弟の初期飛行より300年早く[07/27] ★2
http://lavender.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1501153531 ゙'. '.;`i i、 ノ .、″
゙'. ,ト `i、 `i、 .、″
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: `‘"`―---------‐ヽ``"''''''"" ワイは間違えておらん!戦闘艦の略が戦艦なんや!
とか抜かしたマスゴミみたいな屁理屈捏ねて何か意味があるのか? キチガイ猿バカチョングックwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww スレ2つあるけどどっち??
コピペとなんとかUCはどうかと思うが、戦争目的を達成できてない以上、秀吉の負けというのはその通りなのでは >>718
立ったのはこっちが先だけど、スレ番重複で先スレ記述も間違ってるので
本スレはPart12の方でしょ。
また立て主と思われるヤツが、向こうのスレから引用符もないでたらめな
転載とかいう変なこともやってるし。 韓国の歴史上の偉人を祭る場に日本固有種の樹木、撤去の訴え上がる=「日本の木はあり得ない」「国を守った人の墓なのに…」―韓国ネット
http://www.recordchina.co.jp/b187677-s0-c30.html 「神社でむやみに手を合わせないで」増え続ける訪日韓国人に、韓国メディアが注意喚起=ネットも賛同「きちんとした歴史教育を」
http://www.recordchina.co.jp/b187690-s0-c30.html
そして豊国神社。
こちらは豊臣秀吉が朝鮮侵略を試みた文禄・慶長の役の際、戦功の証として朝鮮兵らの耳や鼻をそぎ持ち帰られたものを葬った「耳塚」がすぐ門前にあることから、韓国人観光客がよく訪れる場所だという。
しかし記事は、同社が出兵の張本人である秀吉を祭った神社であることを知っておくべきだと指摘した。 >>高麗船戦記 [書写者不明], [書写年不明]
ただの怪文書じゃないか(笑) >>722
外岡甚左衛門が天正20年に書いたものという触れ込み 壬辰倭乱の専門家キム・ハンソルPD“李舜臣将軍の新しい戦功と亀甲船竜頭の秘密を語る”
ttp://news.joins.com/article/21863198 【土曜企画】“山城捨てて南原城へ” 明将の下策...「血の殺戮」防げず
ttp://news.donga.com/Culture/more0/3/all/20170819/85889222/1
忘れられた戦争‘丁酉再乱’<7>
7話:湖南崩壊 一応、翻訳して読んでみたがあきれるほどに中身がないな。
亀甲船龍頭の秘密の用途とかの妄想炸裂で、亀船→鬼船で売り出して一儲けするニダ、というだけじゃねw 指摘したらID変えながら連投とか発狂してんのかw
ちなみに>726は私が向こうで書き込んだヤツだな。あっちでは直前の書き込みへのレスだから
アンカーつけてないけど、こっちでは何にレスしてんのか不明だろ。糞馬鹿が。 >>725
南原で楊元が指揮した明兵は北方の騎兵
山城に籠っちゃったら騎兵による逆襲も覚束無いから
平城で日本軍を迎え撃ったのは戦術的に妥当じゃね?
実際、李成梁は女真軍を籠城からの騎兵の陣前出撃でたびたび撃退してる 山城だろうと平城だろうと城に籠れば圧倒的火力差兵力差で包囲され殲滅されてる
その点、鳴梁海戦の李舜臣はさすがだな
右水営などの城には籠らず、日本の先鋒に嫌がらせだけしたら、さっさと逃走して大勝利宣言
救国の英雄とはこういうものだw >>727
やってるよ。いや、やろうとしたと言うべきか
出撃したけど退路を断たれかけて慌てて城内に退却してる(日本戦史・朝鮮役 >>731
別にw付けなくても、できる最大限なことをやり遂げることは、
リアリストな軍人として賞賛に値する
チートに祭り上げられるより、千倍良い ある意味悲劇だよなぁ
リアリスト軍人李舜臣という評価は、まだまだ先か 陸軍は城取られたら生きて帰っても敗北認定されて処罰されるのに、
水軍は勝ちました!って手紙送っていれば撤退しても誉められる。
お得だよね。でも、攻めろと言われると失脚させられるか敗北に陥るのは対日本戦の御約束。 うっかり李disり過ぎて死亡フラグに突っ込まされた元均とかいう悲劇(笑)の人 朝鮮人官僚に従い朝鮮人兵を指揮して戦い抜けるだけでそれはもう才能 李舜臣て戦前の朝鮮総督府が発見して司馬遼太郎が戦後に広めた奴だろ
韓国人はそれでいいのか >>733
いやチートに祭り上げられてるから
w付けたんだよwww
鳴梁海戦で李舜臣のやった事は
戦況を好転させるようなものではなかったが
それを自己プロパガンダの大勝利宣言
それがそのまま信じられて
祭り上げられているのが現在の状況なわけ 李舜臣自身、乱中日記を(他人が読むことを前提に)何度も書き直しているんだから、
リアリストといっても、いかにも朝鮮人らしく、あくまで自己顕示欲と保身に長けている
面でだな。
戦術面では、戦力を分散せず敵に数倍する兵力で小部隊をたたいて回るという
極めて手堅いものだから、そういう定石の運用さえできなかった朝鮮武将の中では
際だってるというだけだと思う。 『乱中日記』はああいう風に喧伝しないと免職される故とは思う
『壬辰状草』の内容は更にお手盛りだし 30隻撃破だから中華圏の割には盛ってない方ではないだろうか
中華なら30万隻撃沈位はフツーフツー あと李舜臣の小ずるいところは、自軍の損害を全くと言っていいほど書き残して
ないんだよね。せいぜいで誰ソレが死んだというくらい。
だから今になって、韓国人が倭船ン百隻撃沈!ウリナラ水軍損害ゼロ!!とかいう
妄想を炸裂させることになる。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています