南雲忠一中将を再評価するスレ(己)
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南雲長官はもっと評価されるべき(34代目)
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[33代]南雲忠一中将を再評価するスレ(不)
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1500723627/
(>>119〜 暗号情報を信用するかの章、>>494 PBY温存方針の章
過去スレとテンプレはまとめwikiを参照されたし
admiralnagumo@ウィキ
http://www10.atwiki.jp/admiralnagumo
戦史検証が中心になるので、雑談は支隊スレへどうぞ
【飛越し着艦】本日の南雲部隊司令部 1AF【離着艦】
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1384660511/ >>978の続き
まず、(1)は望み薄で、
ニミッツの温存方針により、PBYは第一報を報じた後は、
触接を放棄して、ハワイ方面に向かうことになっていた。
しかも、(おそらくは)それを、米空母部隊に伝えていなかった。
そのために、フレッチャー以下は、来るはずのない続報を
待ち続けることになった。
これも米海軍組織の大きな問題ですね。 >>979の続き
(2)は、実際にヨークタウンから索敵機を出してはいるが、
主に北方海面を中心としたもので、「日本軍第四の空母」が
所在すると思われる、西方からは外れている。
最後の(3)は、最も確実な手段と思われる、
「自前で索敵機を発進させる」ですが、
両空母から、SBDが飛び立つことはなかった。 >>980の続き
その理由について、ビュエル氏は、
「午前中の攻撃で、飛行隊が大きな損害を受けたため、
その中から索敵機を出すと、第二撃の兵力が少なくなって
しまうのを恐れた」
と解説していますが、これこそ本末転倒で
敵を発見しないことには、攻撃隊は出せないのだから、
全く無意味ですよねぇ >>975 つまり、それは”撤退”では無いですよね。
>ヨークタウンを放って置けなかった
更にスプルーアンスは、当海域にとどまり、
翌日も谷風相手に、
翌々日は最上と三隈相手に、
攻撃隊を出している。
「撤退」とは、作戦中止して帰投することじゃ
なかったのかな >>976 そうですよね。
そもそも、この状況で撤退の選択肢は無い。
軍人ならば、そういう発想にならないでしょう。 >>983
ニミッツ「状況が不利なら撤退したまえ。ミッドウェイは後から取り返せばいい。」
「フリート・イン・ビーイング」
冷静に判断して引くべきは引くのが真の軍人だろう。
スプルーアンスの残存航空兵力もSBDの2個飛行隊に減少してるし。 飛龍攻撃時にスプルーアンスの手元にあったのは、ギャラハーのVS-6と、ヨークタウンか退避したシャムウェイのVB-3の残余。
で、フレッチャーが放ったヨークタウンのVS-5が索敵中。これは機能的にも航空偵察はプロ。
索敵を追加するならギャラハーの部隊を注ぎ込むしかないが、そうなると飛行隊単位の組織的な打撃力が無くなってしまう。
史実のスプルーアンスの運用は至って普通だと思いますが。 悲痛でもあるが、この当時の飛行隊は日米ともかっこええわ。
日本人としては、この海戦で村田重治が飛べなかったのは無念の限りだが、その責任は南雲よりも五十六に見る。
村田重治を、陸用爆弾つけた97艦攻で敵空母向けて飛ばすのか?
美しくないやろ。それは。
何が「直ちに攻撃隊の発進の要あり」かと。人殺しが。
雷撃隊の手記見ても、魚雷でなくて爆装で敵艦に飛ぶのには心理的抵抗を感じているよ。犬死にだと。
雷装を追求するのは普通やろうね。 南太平洋海戦で村田重治が戦死した後、村田重治の生家を弔問したのは南雲中将。
当たり前といえば当たり前かもしれんが、良くも悪くも42年に戦争してたのは南雲機動部隊で、統率したのは南雲中将だと思いますよ。 このエピソードいいわ。
「真珠湾攻撃時には思いのほか海が荒れ、草鹿と源田は雷撃隊の発艦を危ぶんで爆撃隊のみの発進を決定しかけた。
すると雷撃機搭乗員が空母「赤城」艦橋に押し寄せて猛烈に抗議、
南雲は「お前たち、このローリングでも魚雷をかかえたまま、みごと発艦できるか」と隊員たちに聞き「やれます!」との返事に対して了承、
草鹿参謀長に「参謀長、いいではないか、出してやろう」と言った。」 真珠湾攻撃のとき南雲機動部隊ではZ旗ではなく、DG旗(意味は同じ)を使ったという。
Zが魚雷戦関連の単語と重複するの避けたいうことです。
良くも悪くも水雷屋。
南雲派はDG旗で。 >>984 それは間違ってないんですけど、
>ニミッツ「状況が不利なら撤退したまえ
仮にニミッツからの命令を忠実に実行した結果だったとしても、
友軍の空母を見捨てて、自分だけ逃げ帰ったとなると、
スプルーアンスの「船乗り」としての生命は終わっちゃうんですよね。
おそらく水兵たちは、誰もついてこないだろうし、
タワーズら航空屋からは非難の嵐で、
二度と海上指揮官として、前線には出られないんじゃないかな。 >>985 おや、ホーネットのリング隊はどうしたっけ
>>986 南雲長官は機動部隊指揮官なので、
全責任を負わねばなりません。
陸用装備でも発進可能ならば、攻撃する選択肢もあるはず >>987 おお、そんなことがあったのか。
>村田重治の生家を弔問したのは南雲中将
『波まくらいくたびぞ』でも、南雲長官の一番の理解者として
描かれていますね。>村田少佐
>>988 さすがは南雲長官、
部下の心を、がっしりわしづかみ。
>989 DG旗揚ゲ ぱたぱた〜 >>992
撤退という言葉が気に食わないのなら「転進」と言い換えればいいじゃんかw
スプー様も飛竜だって転進してたことは認めるんでしょ? >>990
ヨークタウンは修理しながらの被害担当艦なんだし、
置いてけぼりにされるのは仕方がない
それを守ろうとして無理に矢面に立って、日本軍に戦果をあげられてしまたっら、
それこそ非難の嵐でアメリカ軍からさえもマヌケ扱いされるぞ
むしろ逆に歴史家や研究者たちからはスプー様の撤退行為は
よくぞ決断したと称賛されているんですけど
非難している人って誰ですか? >>984
君は真珠湾の南雲、第一次ソロモン海戦の三川、レイテ沖海戦の栗田に対する最高の理解者だな。 >>986
連合艦隊からは第二次攻撃隊(村田・江草)は対艦攻撃装備(雷装)維持のまま。
何が五十六のせいなのか。
(陸用爆弾で即時出撃の意見具申は二航戦の山口)
オトコのロマンもええが、己に酔うのも程々にな。 >>993
転進=「進路を転じる」てか?
今まではその意味での撤退なのか?
スレ主が何度も書いているように、風向きは基本的に東から西に吹いている。
当時の空母は発着艦の際に必ず向かい風になるように転進するので、航跡図上では逃げているようにも見えるものなのだが。 >>994
ヨークタウンが被害担当艦なんて既定路線が資料にあるのなら教えてくれ。
結果論、印象論的な二次資料はナシで頼むわ。
海戦の帰趨は戦場に最後まで居座れた方の勝ちだから、スプルーアンスがその決勝点の敵空母完全撃破(飛龍撃破)まで居座ったのは海軍提督として当然。
主力空母四隻を失った日本海軍を退けた(=撤退せざるを得ない状態に追い込んだ)。
戦場を支配できた結果、ヨークタウンも何とか持ち帰ろうとした。
(が潜水艦に撃沈されたのは運が悪かった) >>998
鳳翔の偵察機に見つかったのが運の尽き。 スプルーアンスにも本来6隻の南雲機動部隊が(五十六の愚策で)「4隻」という事実は知りようがない。
アメリカは隼鷹の存在も知っていたし。
残存機数に見あったリスクしか犯しませんよ。ニミッツにそう訓令を受けているし。 このスレッドは1000を超えました。
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