ドイツの賠償金支払総額は意外と少ない
ケインズが「これ以上は少なすぎ」と言った水準にも達してない

というより「過酷な条約」という認識じたいが、ドイツ外務省が
1920年代前半の孤立期に英仏に譲歩を迫る過程で国民を煽った宣伝で、
いざ極右政党が登場して条約の不当性を声高に叫ぶ頃には
とっくに協調外交に転じてその手の宣伝をしなくなっていたので困惑した