南雲忠一中将を再評価するスレ(江)
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南雲長官はもっと評価されるべき(35代目)
前スレ
[34代]南雲忠一中将を再評価するスレ(己)
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1515058374/
(>>326〜 三空母撃破後の米空母側情勢判断、>>721〜 米海軍の組織力考察の章)
過去スレとテンプレはまとめwikiを参照されたし
admiralnagumo@ウィキ
http://www10.atwiki.jp/admiralnagumo
戦史検証が中心になるので、雑談は支隊スレへどうぞ
【飛越し着艦】本日の南雲部隊司令部 1AF【離着艦】
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1384660511/ >>273
>レイトン班が得た「情報見積(幕僚)」と、ニミッツの「状況判断(指揮官)」とは区分して考えるべき。
その意見は、私も全く同じです。
ここで問題となるのは、
指揮官の状況判断と対応処置(作戦指導)の是非。
>ニミッツの状況判断としては「ミッドウェイ、アリューシャンに対する空母及び上陸船団を含む大規模な侵攻作戦」と大筋ではじつに的確に判断してたと思うが。
これも概ね同意ですが、既に私が述べているとおり
「日本側の最大目的が艦隊決戦の生起」
であったことを看破できていたのかは疑問です。 >>274
>連合艦隊の底の浅い全体作戦構想に比較して数枚上手だったと言わざるを得ないでしょう。
先に述べますと、ニミッツ長官の作戦指導には多々疑問がありますが、取り敢えず一点だけ。
最大の問題はPBYを最終局面で温存したこと。
たしかに貴重な哨戒兵力をなるべく温存したい気持ちは分かりますが、
索敵・触接が不十分な状況下で、
基地航空隊及び空母に「最大限の打撃」を求めるというのは
“虫がよすぎる”
と言わざるを得ません。
これこそ米側その他が、日本の作戦を酷評する際の
「ご都合主義」「複雑怪奇な作戦」
等と一体何の違いあるのでしょうか?
こんなトリッキーな作戦を行うくらいなら、
それこそ一旦ミッドウェー島を明け渡して、事後奪回作戦を行う方が
はるかに「合理的」かと考えます。 >>278
暗号解読は良しとしても詰め将棋のような作戦計画でいざという時の柔軟さを欠くよね。
イレギュラーで南雲部隊のミッド到着が2日遅れていたらどうなったのやら。
PBYが撃墜されるのが怖い?せっかく艦隊決戦を有利に進めれるというのに何言ってるのって感じ。
アメリカ海軍の完勝モードのはずがヨークタウンが沈んだのはそのせいだし。 なんでミッドでアメリカ海軍はこうもリスキー極まりない投機的な作戦プランを立てたのか? >>265- 確かに、米海軍の邀撃作戦は空母決戦がすべてで、
その後のことを考えられていないように思いますね。
とにかく、ミッドウェーは特殊例なので、
あまりこれを基準に、戦術を評価しない方がいいでしょう。 >>273 それこそ、まさに五十六の思う壷だったのでは・・・?
>TF16・17には「対攻撃目標は南雲忠一率いる機動部隊の主力空母であると厳命し
軍令部はともかくとして、聯合艦隊としては、
本作戦の主目的は、米空母の誘出撃滅であり、
日本側にとって一番困るのは、
米空母がハワイにひきこもって出て来ないこと。 >>282の続き
純粋に戦略的見地だけで立案すれば、
>それこそ一旦ミッドウェー島を明け渡して、事後奪回作戦を行う方が
>はるかに「合理的」かと考えます。>>278
これが正解なのですよ。
(本職は、世論が許さないから実現不可能とは思いますが・・・) >>283の続き
いかに暗号解読で有利な状況にあったとしても、
日米の機動部隊が接近する以上は、
必ず双方に被害を生じるリスクを伴う。
南雲機動部隊がそれを想定して、
「雷装待機」までして、待ち構えていたというのに、
ホイホイそれに乗っかっておいて、
”数枚上手”なんて、言って良いんですかねぇ
”公平に”評価すれば、ニミッツは「危機一髪だった」のでは? >>278 同意ですね。
>最大の問題はPBYを最終局面で温存したこと。
しかもそれを、空母部隊指揮官に伝えていなかったとしたら、
とんだくわせものですな
>>279 日本側なら「ひとつ歯車が狂えば破綻する作戦」と
酷評されるのにねぇ
これも、”公平に”評価しようぜ! >>279 いえ、それは
「優勢側は正攻法、劣勢側は奇策に走る」
という、戦史の大原則に従ったまでです。
ニミッツ長官としては、まともにぶつかっては勝てないから、
奇襲による一発逆転を選択したのであり、
”リスキー極まりない”作戦になるのは、言わば当然と言えるでしょう。 >>286の続き
しかし当然ながら、そこには無理やひずみを内包しているわけで、
結果的にうまくいったからと言って、数枚上手などと、
手放しに称讃するのは、表層的な見方と言わざるを得ない。
マリアナのスプルーアンスも、
レイテのハルゼーも、
日本側の企図を、百八十度読み違っていますが、
それでもなんとかなったのは、
優勢側は、その優勢な兵力のおかげで、
多少の失策は相殺されて、「なかったこと」に出来るからです。 >>287の続き
戦史の常識に照らし合わせば、
日本側のMI作戦は、多くの誤判断を重ねつつも、
その圧倒的な兵力で押し切って、
ミッドウェー島攻略に成功するはずだった。
ところが、”運命の五分間”で空母3隻と失うという
有意水準5%に入るような異常事態が起きてしまったために、
失敗したのです。
「日本海軍と米海軍の戦術は同程度」という
帰無仮説が、棄却されてしまったわけですね。 一回の試行では棄却できなくない?
そもこの戦力比だと米軍が勝つのは5%より有りそうだけど。 誤解が生じないように・・・
本職はニミッツ提督が大好きで、
特に三笠保存会の会員でもあるし、
足を向けて寝られないわけです。
彼にとって、真珠湾からミッドウェーの半年間は、
日本軍の快進撃を阻止できずに、苦しい立場にあった。 >>290の続き
その時期に実施された、ミッドウェー邀撃作戦は
劣勢な空母兵力をかき集めて、
なけなしのPBYやB-17を島に投入して、
練度の低い寄せ集めの搭乗員に
奇襲成功を託さざるを得ない、
”穴だらけ”の作戦なのです。 >>291の続き
本来ならば、ニミッツに対する粗さがしや不当な非難に
さらされるところを、本職が割って入って、
「いや、当時の状況を考えれば、よくやった方なんだよ」
と擁護したいところなんですよね。
ところが現実は、批判されるのは日本側ばかりで、
ニミッツもスプルーアンスも名将と持ち上げられている。 >>292の続き
確かに彼らは名将と呼ばれるに、ふさわしいと思いますが、
こと”ミッドウェー海戦単独”で見る限り
むしろ、「そこは目をつぶってあげて!」という事柄が多く、
彼ら自身も、ミッドウェーでの采配を称讃されるのは、
針のむしろに座らされているようなもので、
「あんまり触れないでよ!」と、苦笑しているのではないかと。 >>289 苦しい言い訳ですが・・・
「日本海軍と米海軍の戦術は同程度」
という帰無仮説が棄却されて、
「日本海軍の戦術は、米海軍の戦術より劣っていた」
という対立仮説が採用されたからといって、
それは”消極的肯定”であり、
「日本海軍の戦術は、米海軍の戦術より劣っていた」
が、正しいことにはならないのです。
QC検定1級合格目指して勉強中! >>264の続き
この「北緯31度15分・西経179度5分」ですが、
モリソン戦史の日米両部隊の航跡図によると、
以下のようになります。 >>284
>”公平に”評価すれば、ニミッツは「危機一髪だった」のでは?
そりゃそうでしょう。
ガダルカナル上陸作戦を始めた時点でも、まだ戦力としては
アメリカ海軍より日本海軍の方が数量的に多く、キングも
「攻勢防御」The Offensive-Defensive
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/USNatWar/USN-King-1.html#III
としています。
だからガダルカナルは「反攻」ではないんだよね。 [ミッドウェー海戦](日本時間6月5日1130頃)
(北緯31度20分・西経178度50分)
飛龍被弾位置(1400過ぎ)
↑ ×
×
アダムス機の報告艦位
(北緯31度15分・西経179度5分)
(北緯30度50分・西経176度50分)
↑ ▽TF17(ヨークタウン)
▲ ↓ ↑
実際の飛龍の位置※推定 △
(北緯30度40分・西経178度30分) TF16(エンタープライズ)
(北緯30度50分・西経176度20分) >>297の続き
米空母から見ると、
アダムス機の報告艦位は、西北西に約130浬
※モリソン戦史では110浬(>>262)
実際の飛龍の位置は、西南西に約100浬
モリソン戦史の注釈(第3巻p321)にある通り、
「実際の位置より、276度(西北西)に42浬」
の誤差があったわけです。 >>296の続き
いえ、「危機一髪」だったのは、兵力の話ではなく、
「邀撃作戦計画の内容」ですよ。
あんまりニミッツさんを、いじめないでやってください。 スプルーアンスも「我々は幸運だったんだ」連発してたらしいしね
>>296
モリソン戦史だと、アメリカはちょうど北アフリカ戦線の真っ最中で太平洋に関わってる暇はなかったが
ハワイ→フィジーやサモア→豪州の連絡線の脅威となるガダルカナル飛行場を放置できなかったから、例外的に攻撃したんじゃなかったっけ てか、ミッドウェーを故意に占領させてえっちらおっちら4000km彼方から補給に来る輸送船団をパールハーバーからの潜水艦部隊でフルボッコして
ついでにミッドウェーに機動部隊で軽く何回か機動空襲させたりして連合艦隊がトラックから反応して何回も出撃、何百万トンという燃料を無駄遣いさせて
ミッドウェー守備隊が餓死、日本船腹が激減、燃料カツカツになったとこで反撃開始が結果からみたら最善だわな >>300
キングの説明によると、エセックス級航空母艦が就役してこなければ攻勢はムリだが、
それをじっと待っていると、ミッドウェーで消耗させた日本海軍航空隊も勢力を
回復させてしまうため、日本に消耗を強要するのがガダルカナル戦の目的だったらしい。
仮にアメリカ海軍の空母が全滅しても、1943年終わりからエセックス級が続々と
就役するから、という計算だったらしい。 ただ日本海軍と同じでアメリカ海軍も伝統的に艦隊決戦主義だしね
マハンとか、通商保護の重要性を強調してるけどやはり艦隊決戦好みなわけで
米西戦争とか艦隊決戦ばっかだし
マーシャル攻略みたいにまともな日本艦隊がいない時は後方遮断して島を孤立させるけど、敵が出撃してきたときは見敵必戦で行くんじゃないか >>301
ミッドを占領しても補給に苦労してガ島状態になるという人がいるけどそこまでして維持する必要ないよな。
米空母と上陸船団が攻めてきてもこれを迎撃するため日本海軍が迎撃のために出撃なんて敵の思うつぼ。 >>300 まぁスプルーアンスの場合、勝利してるからいいものの
その作戦指導は、結構不評ですよねぇ
>>301 米空母を戦闘に引きずり込んだのは、
山本長官の勝利ですな!
>>302 そうですね。欧州優先は決定事項なのに、
ゴリ押しで認めさせましたからね >>303 ヤンキー魂を見よ!
>>304 そういう作戦だったのですが・・・
>>305 アメリカなんてノルマンディー上陸とサイパン攻略の
両洋二正面作戦ですからな。愚策も極まれり! >>298の続き
40浬の誤差は、決して小さくはない。
通常、好天ならば視程は30浬程度確保できるので、
それを超えると、周囲を捜索する必要が出てくる。
マクラスキー隊のように、うまくいけば良いですがね。 >>308の続き
この日の朝、PBYが南雲機動部隊を発見した時の
第一報は、ニミッツ長官をして、
「レイトン、君の推測は、方位で5度、距離で5浬、
時間で5分違っていただけだな」
と言わしめたほど、
それと比較すると、ずいぶん見劣りしますね。 >>309の続き
ただし、専門の航法員が搭乗する大型飛行艇とは異なり、
複座のドーントレスでは、後席の機銃員が見張りも
兼ねつつ、航法もしなければならないことを考えると、
これくらいの誤差は許容されるかもしれませんね。 >>310の続き
それを含めたとしても、100浬余りというのは、
空母戦闘においては”至近距離”であり、
普通なら、1時間もかからない圏内にいるのに、
発見するのに3時間半も擁し、
しかもその間、こちらは反撃も出来ないまま、
敵の攻撃を二度も許してしまったことは、
大失態と言えますね。 >>306
いや。
北アフリカ上陸作戦は、海軍のキングだけでなく陸軍のマーシャルも反対していたのが、
中間選挙の人気取りのため、ルーズベルトが陸海軍両首脳の反対を押し切って、
チャーチルの希望を叶えたものなんだが。 >>312 ありがとうございます。
>ルーズベルトが陸海軍両首脳の反対を押し切って、
そうでしたか
『モリソン戦史』(第4巻p221)には
「アメリカ陸海軍統帥部が、アメリカの参戦する以前に
早くも同意していた”ヒトラー打倒第一主義”という決定」
とあるので、
トーチ作戦も、その延長線上の規定路線かと思っていました。 計器飛行での索敵の座標誤差が起点からの距離の10%くらいだったら
かなり凄腕なんじゃないか? >>313
イギリスがスレッジハンマー作戦を拒否したので、アメリカのJCSでは、
マーシャルもキングも太平洋優先主義に方向転換しようとしたのに対して、
ルーズベルトがこれを拒否し、ハリー・ホプキンス、マーシャル、キングが
ロンドンへ派遣されて、米英の妥協案となったのがトーチ作戦。
下のアメリカ陸軍公刊戦史の12〜14ページ。
http://www.ibiblio.org/hyperwar/USA/USA-MTO-NWA/USA-MTO-NWA-1.html 愚作もなにも1940年のビクトリープランで1943年以降のアメリカの進攻スケジュールはおおまかには決まっていた。
それに必要なハードウェアを1943年までに徹底して標準化し必要な数量を生産したわけだが。 仮に理想的に奇襲が決まってミッドウェイが取れたとして、兵站・連絡線は、結局、マーシャル諸島を経てウェーク島、ミッドウェイとなるわけでしょう。
LOSとしてか細いね。
ハワイの前哨を引き剥がす意義よりも、延々と敵前をミッドウェイまでLOSを引くリスクの方がどう見ても大きいじゃないの。
ウェーク自体も43年ごろには孤立拠点として維持で精一杯になる。
その先にあるミッドウェイはさらに飢餓に陥るのが早かろう。 当時のアメリカは一国で世界中敵に回しても勝てる位の力あるんだから日本ごときが戦争しかける事態無理 この42年の攻防で重油の総備蓄量が三割くらい消し飛び、トラックの備蓄量も底が見える状態になる。(XもしくはY作戦の数回出撃分で終了)
43年後期や44年度は艦隊行動が厳しいほどになり、マーシャル諸島の攻防では「連合艦隊」としての出撃がほとんどできず無抵抗に近い形で失った。
どれでトラックの前哨が剥がされて、T号事件というかスプルーアンスのトラック空襲を受けて、マリアナ作戦前に致命的損害を受ける。
その遠因を辿っていくと、ミッドウェイまでほぼ全艦隊を出撃させた(そして大敗した)このバブリーな御大尽作戦に行着く。
もう連合艦隊という編組自体が有効で無くなってきてた。
日本側も「機動部隊(第3艦隊)」を中核にコンパクトな編合部隊を機敏に運用する時期に来てた。 >>318
そんなことは無い。
両洋の総力戦を戦い抜いたのは装備の標準化努力と生産工学の革新を積んだ結果。
単純な量的国力差だと思考停止してたら未来永劫理解できてきない。
アメリカの国力もけっして無限ではない。
次の世代のベトナムでも挫折してる。
だからWW2の太平洋戦域の戦いが興味深い。 >>314 100浬先の10%と、300浬先の10%は
だいぶ違うと思いますけどね。
>>315 英米も一枚岩ではなかったんですなぁ
>>316 ネタにマジレ(ry
>>317 まぁ、そうなんですけど、
戦略論を語ったところで、答えは出ませんから
ここは南雲スレ! 南雲長官が主役! >>318 まずは『大東亜戦争全史』あたりから
読まれてはいかがですかな
>>319 聯合艦隊がオールスターで総出撃したというのに、
主力部隊が米側に探知されなかったのがもったいない。
日本の戦艦が全部出て来たとなれば、そりゃあ
ミッドウェーのような小島どころの騒ぎではなく、
ハワイ攻略、あるいは西海岸上陸も視野に入っているはず!
と、おおいに敵さんを混乱させたことでしょう。
>>320 続きは支隊スレへ→>>1
ここは南雲スレ! 南雲長官が主役! >>311の続き
あまり話題になることも無いですが、
通常の戦記本では、この報告を受けて、
スプルーアンスは直ちに攻撃隊発進を命じた・・・
と、流されてしまうのですが、
本職が米司令官なら、びっくりして、
思わず二度見してしまうところですね。 >>323の続き
この日の朝、PBYからの報告を受けてから約8時間
何の音沙汰もなく、
「日本軍の空母は、残り何隻なんだ?」
とやきもきしていたところに、
いきなり飛び込んできたのが、これですから。
100浬先に敵空母がいるなんて、言わば、
知らぬ間に、懐に飛び込まれたようなものですよ。 >>324の続き
「えっ、そんな近くに居たの?」
「いったい、どこを索敵していたんだよ」
「すぐに次の敵襲がやってくるぞ、上空警戒を厳にせよ」
ちょうど、利根四号機の報告を受けた南雲司令部が
「米空母はまだ200浬以上先か、次の敵襲まで時間があるな」
と余裕をかましていたのとは、正反対の状況です。 >>325の続き
この時の両司令官の心境については、興味深いですが、
とはいえ、報告艦位の誤差がどれだけか、なんて、
当事者には知り得ないことです。
とにかく、索敵報告を信じて、
攻撃隊を出すしかありませんね。
はたして40浬の誤差がある目標に
うまくたどり着けるでしょうか。 >>310
日米とも艦爆は複座だけど隊長機の場合、隊長は操縦席と後部席どちらに座ってるの? アメリカは操縦士が全員士官だから、隊長は操縦士だけれども、
日本海軍の艦爆では、後席の偵察員が隊長の編隊もある。
http://kitabatake.world.coocan.jp/rikukaigun36.html 「飛龍があまりにも愚か」という解釈もあるのでは?
掃討戦段階に入っているのに、掃討される側が接近してきたともとれる。
事実、掃討されてしまうのだが。
残存機数が数えるほどなのに計算されたリスクと言えるかねえ?
小林隊、友永隊の残存を収容した段階で急速離脱という考え方もあったと思う。
頭に血が上った指揮官は迷惑だね。 短絡的に敵艦を沈めることだけではなくて、この段階での航空優勢の期待値も冷静に評価すべきでは。
「戦闘機による航空優勢の争奪」という観点では、最早、決定的にアメリカ側に優位がある。レーダーもあるしね。 >>329
捕虜からの情報で米空母は三隻。その内の二隻はやっつけたので一対一とな
れば指揮官の性格からして突進するわな。 >>331
日本海軍全体への不満として、「撃沈」を目視したわけでもないのに安易に「1対1」とか希望的観測に流れてしまう。
小林隊攻撃直後は深刻に見えた飛行甲板は、パッチでほぼ完全に回復して離発着も可能に。
それが現実。 「沈めた(と思われる)隻数」ではなくて「今現在で残存する隻数」を掴むべきだな。
どんな手を使っても。 >>327 珊瑚海の攻撃隊長は、翔鶴艦爆隊長の高橋赫一少佐
でしたが、少佐の場合は操縦席でしたね。
>>328 後席は偵察員だから、指揮官にはなれないのかな
>>329-331 今はアメリカ側の視点で検証しているので、
「日本軍の空母が、残り何隻か」は、不明ですね。
>>332 いやいや、それは世界共通でしょう。
アメリカだって、存在もしない”戦艦ヒラヌマ”を沈めてますよ。
航空戦での戦果判定は、誤認だらけ。
>>333 それが本編の主題です。
しかし、実に難しい。 >>334
真珠湾攻撃隊の総隊長である淵田美津雄中佐は偵察員ですがな。
偵察員の方が、操縦士より全体を見渡せるから指揮官にはいい、
という説もあるし。 >>332
>日本海軍全体への不満として、「撃沈」を目視したわけでもないのに
そうイメージされがちですが、結構ケースバイケースです。
ジャワ作戦終盤、P40輸送中の水上機母艦ラングレーを陸攻隊を攻撃した際には、
攻撃隊は命中火災により「撃沈確実」を報じていますが、
同隊参謀は「撃沈を目視」していないとして、戦果報告を却下。
(実際には撃沈)
マリアナ沖海戦後の硫黄島再空襲では、
八幡部隊は空母撃沈を報じていますが、
海軍中央は基本的に却下しています。
比較的詳細な戦果報告文ですが、
攻撃隊空母攻撃時から偵察機の「沈没しつつある大型艦らしき艦首を確認」
までの連続視認ができていないためと思われます。
(実際には撃沈艦船無し) >>332
>小林隊攻撃直後は深刻に見えた飛行甲板は、パッチでほぼ完全に回復して離発着も可能に。
>それが現実。
それこそ、この時の日本側が「知り得ない事実」ですよ。
触接機や潜水艦等が、ヨークタウンを連続監視していた訳ではないんですから。 >>329
>「飛龍があまりにも愚か」という解釈もあるのでは?
>小林隊、友永隊の残存を収容した段階で急速離脱という考え方もあったと思う。
仮にこれが批判すべき作戦行動だとするならば、
先ず批判すべきは「南雲長官」です。
山口司令官はその次くらいです。
第一機動部隊の指揮権は、南雲長官が既に回復しているのですから。
論理的ではない南雲びいき、山口びいき、
あるいはその逆の叩きも無意味かと。
(すべての人に意地悪く) >>324
>この日の朝、PBYからの報告を受けてから約8時間
>何の音沙汰もなく、
>「日本軍の空母は、残り何隻なんだ?」
>とやきもきしていたところに、
少なくとも米攻撃隊帰投後には
フレッチャー、スプルーアンスともに水偵を出しても良いと思うんですが、
両司令部は検討とかしたんですかね?
実際に水偵を使用したのは最上、三隈追撃時が最初のようですが。 GF長官氏、ゲショゲショ氏共に米側が水偵を敵空母の捜索に使用してないことを指摘されてますが、
当時の米軍に水偵をそういう用途に使う考えがあったのでしょうか? >>341
当時使用していたOS2Uは、弾着観測や対潜哨戒をこなすのがせいぜいの性能としか思えなくて、
比較的遠距離に進出して敵機との遭遇が予測される任務には適していない機体に見受けられます。 米軍の水偵の運用思想が>>342であれば、そこから外れた運用を現場の指揮官に求めるのは、ちょっと酷ではないでしょうか。
水偵搭乗員の平素の訓練内容もありますし。 >>342
そのためにSBDが有るわけですが、偵察に回すには数が足りなかったのかな? 水上艦の積んでる水上機でも観測機と偵察機は別だよね。
どうしても偵察の方が大型で高速、大航続力。 >>336 いえ、米海軍の話ですよ。
確か向こうは明確に区別されていたような
>>337 いずれにせよ、航空攻撃の戦果判定は難しいですな。
>>338 まぁ、あの修復後の写真を見せられると、
「えっと、どこに爆弾が当たったんだっけ?」
ってなりますよね。 >>339 全く。航空戦は山口少将に一任されていましたが、
作戦全体の指揮は、南雲長官が握っていますからね。
>>340 そういう選択肢もあったかと。
>>341-343 ええ、そこはミッドウェー限定ではなくて、
米海軍全体の欠陥として、指摘したつもりです。
>>344-345 まさに、兵力整備方針自体の欠陥ですな。
索敵と攻撃を兼任させれば、当然そうなることは
十分に想定できたはず。 >>326の続き
もうひとつ重要なのは、敵針・敵速
>on course North speed 20 knots
「20ノットで北上中」
この情報をもとに、未来位置を予測することに
なるのですから、誤差は小さい方がよい。 >>348の続き
20ノットなら、戦闘速度としては平均的な値ですし、
信頼しても問題ないと思われます。
ちなみに、一航艦の戦闘情報によれば、
この時期の筑摩の速力が20ノットと記録されているので、
ぴったり正解ですね。
航空索敵の場合、目標の航跡の長さから
その速力を推測するようですが、実に素晴らしい。 >>349の続き
参考までに、歴史群像には
「敵発見、空母1、戦艦2、重巡2、駆逐艦4、
北緯31度15分・西経175度50分、
15ノットで北上中」
(『日米空母決戦ミッドウェー』)p163 >>350の続き
>>297でも明らかなとおり、
「西経175度50分」は、誤記?ですね。
米空母が西経176度なので、それより東側に
なってしまいます。
さて、このアダムス機の情報をもとに、
攻撃隊の針路を計算してみましょう。 といったものの、明日は飲み会のため
お休みします。
今年の夏は、殺人的な暑さですが、
あと一週間で盆休みだぜい
南方で作戦中は、夜はみんな甲板に出て
寝ていたそうですから、
クーラーがあるだけ有難いと思わねば
それではノシ >>346
ドーントレスの後席は、英語ではradioman-gunners、radio-gunners、
rear-gunnersなどと呼ばれていたそうだ。
https://www.usni.org/magazines/navalhistory/2013-05/rear-seat-gunners-midway
ということは、航法は士官である操縦士が担当すると思われる。 水偵は払暁からの偵察にしか使えないんじゃないか?
シーステート次第では、そもそも着水・離水できないし、30分を争う日中の索敵にはそもそも不適。
艦隊の陣形も乱れるし。利根・筑摩クラスが陣形から離れたら防空上も痛いでしょ。 それ自体に罪はないが、マクラスキーに捕捉されて大惨事になったきっかけも、嵐が対潜戦闘で陣形から離れたらことによる。
嵐の航跡を辿って「敵機直上急降下!」となる。
水偵の発艦・回収もリスクをはらむと思うよ。 珊瑚海の流れからの戦訓の一つは、「空母機から索敵機以外は信頼できない。」
属人的な部分もあろうかと思うが、これが1942年の現実。
だれも「空母対空母」の戦闘んんか経験したことも無いわけです。
水偵の乗員に対空母戦闘の情報の尺度を理解しろと言う方に意味がある。
だから、南雲機動部隊の建制化は急務だったんだ。
連合艦隊の無理解に恨みがつのる。 >>356
MO作戦時、第六戦隊の水偵隊は非常に優秀だったし、逆にネオショーを空母と誤認したのは翔鶴発進の索敵機(艦攻)。 珊瑚海海戦の戦訓をミッドウェーで応用しろって無理じゃね?
5/7,8だろ?
んで南雲機動部隊がミッドウェーに出撃させられるのが5/27
20日前後じゃ到底検討、応用無理だろ アメリカ海軍は珊瑚海海戦の戦訓から、F4Fの機種更新もあって、
ミッドウェーでは空母1隻あたりの戦闘機の数を増やしているがな。 >>342
興味ないことかも知れないけど、あの当時のミッドウェイにOS2U居ないと思うよ
米重巡洋艦搭載の水偵は基本的にSOCだから
米艦艇に搭載している水偵はキングフィッシャーって思っている軍オタ一定数居そうと思ってしまうくらい、日本の軍オタって米水偵に興味無さそうな印象 >>353 ありがとうございます。
面白そうなサイトですねぇ
>航法は士官である操縦士が担当
なんと、操縦しながら航法もできるなんて、
米パイロットは超優秀じゃん!
>>354 むむ、昼間に使用された例は数多あると思いますけど・・・? >>355 そこから前進部隊の発想が出てきたんでしょうな。
水偵搭載の重巡を前に出して、敵の攻撃を吸収させる、と。
>>356 むむ、何を根拠に? →>>357
>>357 全くです。両者の報告の順番が逆だったら、
日本側の思惑とおりに進んだはずなのに! >>358 搭載数5割増しですな。
>>359 同意。本職も野原茂氏の
『アメリカ海軍機1909−1945』
くらいしか知らない・・・教えてエロイ人! しまった、アンカーがひとつずつずれてますね
酔っぱらって、書き込むもんじゃないな・・・orz
>>358 そうですね。
翔鶴らが内地に戻って来たのが、5月17〜19日ですから。
本格的な戦訓検討の時間はないでしょう。 >>364
史上初の空母VS空母の海戦だったのに五航戦が得た所見と戦訓を研究する
暇はなかったのかな?
少なくともMI作戦の発動を遅らせてでもすべきだったけど実際には幹部クラスに
ペーパーが配布されただけだった。
戦史本だと「妾の子(五航戦)ですらあれだけやれたのだから我が一・二航戦
なら米機動部隊など鎧袖一触w」と侮っていてペーパーすら顧みられなかった
らしいけど。 >>361
ドーントレスの後席が航法を担当するなら、
gunnersではなく、observersと呼んだと思われる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Observer_Badge >>360
ご指摘ありがとう。日本語版wikiで調べりゃ判る程度のことだったのね…。
穴があったら入りたい。 >>357
個々の水偵には優秀な機はあったかもしれない。
ただし、対空母戦闘で敵空母撃沈(レキシントン、ヨークタウン、ホーネット)に繋がった索敵情報は100%艦上攻撃機、艦上爆撃機の情報による。
(小林隊の攻撃を「索敵攻撃」(事実上のスカウティングボンバー)とみなす。)
この当時の全体システムを見る上で「100%」という事実は無視できないと思う。
純粋インテリジェンスよりも「コンバット・インフォメーション」が実際の撃沈に繋がっているわけです。
専門情報屋への戒めとしたい。 >>358
>>365
日本海軍の本来の姿勢は、戦訓の分析・対策には定評があったはずだ。
(黄海海戦→日本海海戦)
「できる」「できない」というよりも「やれよ」という世界でしょう。作戦の前提だろうと。
どうしても時間的にできないなら、南雲機動部隊の上申通り作戦を延期すべきだった。
光人社「ミッドウェイ海戦」では連合艦隊司令部は「「週間単位」で攻勢作戦を発動しなければならない」という強迫観念をもっていたという。
作戦的な合理性よりも、病理的な分析が必要なんじゃないか?
「ドゥーリトルに帝都を爆撃された」と言っても純軍事的には蚊にさされたようなもので。
これが「本当に」ミッドウェイ作戦の発動要因なら「病気」でしょう。「心の病」系の。 南雲機動部隊司令部も「慢心」と言われるが、草鹿の証言では「南方作戦の戦死者の二階級特進の上申でミッドウェイ作戦の研究どころではなかった。」とあります。
概ね真実じゃないか?
南方作戦の後始末と機動部隊の再編に忙殺されていたと。
友永大尉だって、ミッドウェイ直前に転属してきた転入組だし。
よくぞ短期間で部隊をまとめたと感心するが。
慢心してたのは、もっと「上」だろう。
開戦以来、内地からピクリとも動いていなかった連中。
戦場の匂いを全く嗅いでいない連中が、何故かこのときに限ってしゃしゃり出てきたわけです。
そして全てを台無しにした。 >>368-370
色々突っ込みどころが多い…。
取り敢えず、そもそも利根四号機が敵艦隊を発見できなければ、
最終局面まで米空母の存在に気付けなかった可能性が高いのですが。
>専門情報屋への戒めとしたい。
いまいちピントがわかりませんが、どういうことですかね? >>365 戦訓を研究するといっても、ピンキリですねぇ
>少なくともMI作戦の発動を遅らせてでもすべきだった
それが出来れば苦労はないわけで、
機動部隊の出発が一日遅れたのでさえ、
しぶしぶ認められたというのに、
N日は変更されなかったくらいですから。 >>366 ありがとうございます。
偵察員の資格では、攻撃隊の指揮官にはなれない、で合ってるかな
>>367 本職も確認しました。
シーガルは終戦まで使われていたようですね。
後継機の開発失敗は、どこの国でも同じなのか・・・ >>368 えっと、>>357の後半を読まれました?
それに、
>小林隊の攻撃を「索敵攻撃」とみなす。
小林隊を誘導したのは、筑摩五号機の”正確な報告”
によるものですよ。
>>369-370 月齢とかアリューシャン方面の気象とか
色々ありましてねぇ >>371 なにか信念をお持ちの方のようですな。
ちなみに第二次ソロモン海戦では、
艦攻19機から成る 第一段索敵は失敗し、
別に出していた、筑摩二号機からの報告により、
第一次攻撃隊がエンタープライズ爆撃に成功しています。
こんばっと・いんふぉめーしょん?
最近流行ってるのかな >>351の続き
今回の場合、敵針・敵速は
「20ノットで北上中」
なので、簡単ですね。
会敵までの所要時間をかけてやれば
答えが出ます。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています