【関西経済】失われた50年、関西復権の条件は
 パナソニックの巨大プラズマパネル工場は物流施設に生まれ変わった(兵庫県尼崎市、2010年撮影)
 兵庫県尼崎市の大阪湾臨海部に物流施設「ロジポート尼崎」はそびえる。地上7階建て、延べ床面積は
28万平方メートル超。ひっきりなしに出入りする大型トラックが大阪市内などに機械部品や日用品を運送する。

 10年ほど前、この一帯を含む大阪湾岸にはパネル工場が集まり、「パネルベイ」ともてはやされていた。
松下電器産業(現パナソニック)が尼崎市に3つの巨大なプラズマパネル工場を、南方にくだった堺市には
シャープが液晶パネル工場を建てた。繊維産業の衰退や阪神大震災に苦しんだ関西にとって、パネルベイ
は希望の光だった。  

 だが、輝きは瞬く間に失われる。中国や韓国メーカーとの価格競争に敗れ、両社ともに巨額赤字を計上、
経営危機に陥った。パナソニックは2017年までに3工場全てを売り払い、一つがロジポート尼崎に生まれ
変わった。シャープは16年に国内電機大手として初めて外資傘下に入った。

 戦前の関西経済の主役は繊維産業だった。戦後の復興もけん引したが、政府が重化学工業の育成に
重点を置くようになったほか、安価なアジア製品の流入で地位は低下。
 代わって台頭した、軽工業の伝統をくむ家電産業も韓国メーカーなどとの競争で次第に競争力を失った。
関西の産業はコモディティー(汎用品)化の波にのまれ、衰退を繰り返してきたといえる。

 京都には日本電産や京セラ、村田製作所といった世界的なハイテク企業が集積し、電気自動車(EV)など
の成長分野で存在感を示している。

関西経済が復権するためには個別の知恵や技術革新を積み重ね、大きなうねりにつなげることが不可欠だ。
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京都は、京セラ、日本電産、村田製作所、ロームとかの電子部品メーカーが頑張ってるのに
大阪ときたら・・