テレビの国内生産 撤退相次ぐ

大手電機メーカーのテレビ事業は縮小の一途をたどり、国内での生産から撤退するメーカーが相次いでいます。
日立製作所は「Wooo」のブランドでテレビを生産していましたが2012年に自社での生産を終了しました。
東芝も国内で「レグザ」のブランドで生産していた事業を3年前に中国の電機メーカー「ハイセンスグループ」に
シャープも3年前、栃木県の工場での液晶テレビの生産を終了しました。
相次ぐ撤退の背景には、海外メーカーとの価格競争が激しくなり収益をあげるのが難しくなったことがあります。
ソニーグループは愛知県稲沢市にある工場で三菱電機は京都府長岡京市にある工場で国内での生産を続けています。

パナソニック テレビ事業の歴史
パナソニック・旧松下電器産業のテレビ事業は1952年に白黒テレビの国内生産から始まりました。
1960年にカラーテレビを発売。その後の高度経済成長期には、カー、クーラーとともにカラーテレビは3Cと呼ばれ、
販売を伸ばし、一躍、お茶の間の主役となりました。
高画質のテレビは「家電の王様」とも呼ばれ、パナソニックのみならず、長く日本の電機メーカーの事業をけん引してきました。
2000年代以降の「薄型テレビ」の覇権争いでは、パナソニックはプラズマテレビに注力し、巨額投資を続けました。
兵庫県尼崎市に巨大なプラズマパネルの工場を次々と建設しました。
しかし、主に韓国のメーカーが、低価格の液晶テレビを売り始めたことで、プラズマテレビは劣勢に立たされ、2014年に撤退。
最後まで生産を続けてきた栃木県宇都宮工場での有機ELテレビの生産も、ことし3月末で撤退しました。
パナソニックは最盛期、2010年度には、世界で2023万台のテレビを販売しましたが、直近の2020年度は、360万台にまで落ち込んでいます。
パナソニックは、テレビ生産を中国の電機大手TCLに委託することで正式に合意した。
パナソニックの国内生産撤退は日本メーカーのテレビ衰退を象徴する形となりました。