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第1期 叡王戦本戦観戦記 森内俊之九段 対 阿部光瑠五段(君島俊介)2015年11月2日

■揺らぐ常識

 将棋の格言の一つに「飛車先の歩交換に三つの得あり」がある。具体的には1歩を手持ちにする、2歩がいなくなった場所に駒が進める、3飛車が相手陣まで利く、という三つの効果を得られるのは大きいと教えている。これが常識だ。

 互いに飛車先の歩を突いていく相掛かりにおいて、昔は後手が歩交換しない将棋も指されていたが勝率は低かった。人間にとって格言の力は大きかったのだ。

 ところが、近年はプロ棋士にも勝つコンピュータ将棋は、相手の飛車先の歩交換を平気で許すことが知られている。それについて、将来の予測が苦手や歩交換は得が少ないと判断している、といった意見がある。
先入観や偏見のないコンピュータが問題を提起し、人間の常識が揺らぐ。ここ1、2年でコンピュータの影響を受けたと思しき手や発想が、プロの将棋で見られるようになってきたことも確かだ。

 阿部は棋士デビュー半年たったころに「すでに早指しではA級並み」とある高段棋士がうなったほどの逸材だ。そのころ、当時名人だった森内と早指し棋戦で対戦。阿部が堂々たる指し回しで勝ったのには驚かされた。森内は「こちらの指し方がまずく完敗だった。阿部五段は研究家で手がよく見える」という。

 感想戦で調べても先手よしの変化は出てこなかった。いつの間にか切られている、かまいたちのような将棋だった。作戦負けの要因は2筋の歩交換に求められた。森内は「歩交換は駒組みが立ち遅れて問題だったかもしれない。警戒が足りなかった」と振り返る。
コンピュータ流の歩交換を許す指し方がこれほどツボにはまるとは...。森内は『矢倉の急所』という名著を出した矢倉の大家だ。本局のように一方的に敗れることは珍しく、衝撃は大きい。

 いったい、「飛車先の歩交換に三つの得あり」という長年の常識はどうなってしまうのだろう。場合によっては、矢倉戦だけでなく、相居飛車戦全般に影響を及ぼしかねない。これからの序盤戦術がどう変遷していくか、注意深く見守りたい。
(君島俊介)