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渡辺明竜王「私が考える新世代が羽生世代に押されている理由」 2016/04/25

将棋世界2005年6月号、渡辺明竜王の第23回朝日オープン将棋選手権五番勝負展望「渡辺竜王が見た羽生−山崎戦」より。
抜粋
「羽生世代」の強さは言うまでもないが、その影響力はその前後の年齢の棋士にまで及ぶ。羽生世代に年齢が近い世代の棋士は羽生世代を意識し切磋琢磨し現在の地位を築いたのだ。

 B級以上の30歳〜40歳前後の棋士を「上位棋士世代」と仮定して「新世代」と比較してみたい。

 先月号の「新・対局日誌スペシャル」に「B級以上に20代棋士は久保八段、北浜七段と二人しかいない。それも29歳だから、今年中に20代棋士はいなくなる」とある。新世代にとっては深刻な状況だ。
河口先生は「10代棋士の基礎体力の強化が、将棋界の課題であろう。中終盤の力が徐々に落ちている」と結んでいるが全く持ってその通りである。なぜ基礎体力に差が出たのか。それは勉強方法の違いにあると私は考えている。

 上位棋士世代が10代の頃は終盤戦まで定跡化されている将棋などなく、序盤の研究はほとんど行われていなかった。

 という内容の記述をゆく目にする。おそらく基礎体力を身に付ける勉強方法が主流だったと推測出来る。

 新世代が10代の頃、すなわち現在は

 8五飛戦法やゴキゲン中飛車の超急戦を筆頭に終盤戦まで定跡化されている将棋が多く、それらの「研究」が盛んに行われている。

 最低限(最低限のラインには個人差はあるが)の研究は必要だが現在は偏り過ぎているような気がする。

「基礎体力」は生きた実戦で汗をかいて考えてこそ身に付くものであって、研究で身に付くものではないと私は考えている。

 基礎体力を身に付ける→研究

 という正しい手順が8五飛戦法などの出現によって手順前後してしまったのだ。「将棋そのものの力」はどんな戦型になっても役に立つが「研究」は他の戦型になったら全く役に立たない。

 以上、私が考える新世代が羽生世代に押されている理由である。あくまでも私個人の考えなのでこれが正しいかどうかはわからない。

(つづく)