ここで現れたのがときの名人、木村義雄。
升田がボイコットした対局の相手でもある。
理事が全員辞任している以上、将棋界で唯一の権力者が名人だ。
さっそく棋士総会で「解決を名人に一任する」という決議を得ると、とんでもない裁定を下した。
曰く、「升田と理事の双方に問題があったので、互いに謝罪する。升田の出場停止処分は3週間で解除する。第6局は升田の不戦敗にし、第7局に升田が出場すれば王将のタイトル獲得を認める。理事は復帰させる」という大岡裁きだ。

現代ならば様々な議論を呼びそうな大胆な解決策だが、木村の日頃の人望もあいまって、これがピタリとはまった。
升田、理事、他の棋士、陣屋、主催紙、世論のすべてが木村の裁定に納得して決着。
升田と陣屋も互いに申し訳なかったとの気持ちがあったのか、すっかりわだかまりも消え、升田の復帰戦は陣屋で開催された。

これ以来、同じような事件が二度と起きないよう、陣屋には陣太鼓が設置され、来客時にはこれを打ち鳴らして総出で歓迎するという今ではお馴染みの文化が定着した。
また、陣屋の主は升田と一緒に囲碁を打って遊ぶ仲となり、和解の印に升田が送った特別な色紙は、今も誇らしげに陣屋に飾られている。