(ミリも誤差なし……ジャスト、逃げろッ!)

羽生善治が真っ先に会館を飛び出した時、
場内の誰もが「またか」と嘆息した。
いつもの逃走だ、言い訳が続くわけがない。

(とか、浅ェこと思ってンだろうなァ)

だが羽生はペースを崩さず誰にも言わずに帰宅、
嘆息をどよめきに変えていく。

(この展開になることは確定してんだ。
逆算して逃げまくったっっーの!)

幾度も重ねたシミュレーションが
たったひとつの『式』を導き、そして──

「国民栄誉賞受賞だ、バァカ!」

予想外の結果に罵声まで飛び交う場内で、
渡辺明だけが──嘲笑っていた。