「金閣寺」はもう1回念入りに推敲すべきだった。まず、

幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。

こんな安易なリズムで始めてはいけない。書き出しが作品全体の質
を決定しがちなのは言うまでもないことだが、ここは少なくとも、

幼時から父は私によく、金閣のことを語った。

と、より楷書的に、散文詩に近い丁寧な呼吸で始めるべきであった。
この欠点は、英訳において見えなくなっている。
おそらく当時三島は「金閣寺」のような水準の作品を
いくらでも書ける、と踏んだのだろう。
ところが書けなかった。
小説家三島の創作エネルギーは枯渇しかけており、
ついにこの代表作を超えることはなかった。