源氏物語は原文を朗唱しないと面白くない。
昔は音読が当たり前だったのだから。
作者はそれを前提に、美しい語感とリズム感で、洗練された文章を作り上げている。
黙読だけですませるのはもったいない。
作者の文章にこめられた思いを、十分に味わうには原文を音読することである。

御几帳(みきちゃう)ども、しどけなく引(ひ)きやりつつ、人気近(ひとげちか)く世(よ)づきてぞ見(み)ゆるに、唐猫(からねこ)のいと小(ちひ)さくをかしげなるを、
すこし大(おほ)きなる猫追(ねこお)ひ続(つづ)きて、俄(には)かに御簾(みす)の端(つま)より走(はし)り出(い)づるに、人々(ひとびと)おびえ騒(さわ)ぎて、そよそよと身(み)じろきさまよふ気配(けはひ)ども、
衣(きぬ)の音(おと)なひ、耳(みみ)かしがましき心地(ここち)す。
猫(ねこ)は、まだよく人(ひと)にも懐(なつ)かぬにや、綱(つな)いと長(なが)く付(つ)きたりけるを、物(もの)に引(ひ)きかけまつはれにけるを、
逃(に)げむと引(ひ)こじろふほどに、御簾(みす)のそば、いとあらはに引(ひ)き開(あ)けられたるを、とみに引(ひ)き直(なほ)す人(ひと)もなし。
「若菜上巻より」