澁澤龍彦(1928-1987) Part 4
遠藤周作については書いてる?交流はあったみたいだけど 松の木の名前を知らなかったんじゃなくて、
松の木という言葉がさす実物の松の木をしらなかったというんでしょ。
あるとき誰かに教えられて「ふうん、これが松というものか」と言ったと言う。 フランスでサド全集が出始めたとき、澁澤が丸善に注文をいれたら
もう一人、サド全集の予約をいれた人物がいて、それが遠藤だったというハナシ
はむかしどこかで読んだな。 >>314
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163474700
ソースはこれ
>>316
みたいに三島=観念的で具体的な事物に疎い、という先入観があってこの話が広まったのだが
植物学者から見ると三島の作品には植物が多く登場して、しかも特徴を的確に捉えている。三島が植物に疎かったというのは誤りだという論調だった。 澁澤ってキーンのことどう思ってたんだろう
アメリカってだけで嫌に思いそう・・・ べつに澁澤がアメリカを極端に毛嫌いしたというはなしはないんではないか。
トルーマン・カポットなど気に入っていたんではないか。 ドナルド・キーンと澁澤が縁が無いのはわかるんだけど、
キーン氏は中井英夫周辺の三島のホモセクシュアルコネクションと全然つながってない印象なのはちょっと不思議だ
米軍系の日本研究者ならつながりがありそうなんだけどな >>318
松の話の真偽はともかく三島は自然描写が長い割りに植物名は出てこない
でもじじばばは都会人でも木の名前とかよく知ってるわ普通に出てくる
若者じゃ(たとえば俺らの地方じゃ)ヤマモモとクスノキの区別さえ知らん ヤマモモって山口百恵とかのこと?そりゃクスノキとは違うっしょ、ぜってえ。 そりゃあ昭和天皇がそっち系の学者さんだったから
一国民でさえ最低限の植物のことは知ってなければという意識が
昭和の時代にはあった いいかげんな事言ってんじゃねぇよ
ヽ( ・∀・)ノ┌┛Σ(ノ `Д´)ノ >>327 宮沢賢治にしろ澁澤龍彦にしろ、亡くなる絶妙な時期っていうのがあるのか? >>330
あると思う。
賢治の誕生と死は東北の大きな自然災害に関係していて、絶妙を超えている。
カリスマとしての付加価値が付けられたとでもいうのかな。
それと、歴史的に見て一番酷いとされている東北の大飢饉が賢治の死後に起こる。
彼が生きていたら愛する東北の惨状を絶望視し、恐らく東奔西走して悲観した後、
小林多喜二のような人生を歩んでしまったかもしれない。
もしそうなった場合、賢治の文学者としての位置付けはがらりと変り、政治的に利用されていた怖れもある。
澁澤の場合は本人が昭和の子、と自称していたくらい、昭和と共に生きた。
亡くなった年は昭和天皇が手術をされた年でもある。
昭和は文化や歴史の背景としては平成に比べると重厚で絢爛豪華、ドラマティックだったよ。
それに澁澤が亡くなった年は彼の好きだった人たち、堀内誠一や石川淳、
前年はジャン・ジュネ土方巽も亡くなっているしね。
どんな人も、生まれと死は探れば大きな意味が隠されていると思っている。 >>331
随分とメロドラマテカリレエな見解だねえ。そんなわけないだろ。
昭和のすたる爺。 論破も出来ず何も生み出せない不毛な輩の言葉は、概ね否定で始まる。 論破とかそういう内容の文章じゃねえっしょ、これ。だよねえーって感じで同意を強いてくる感じの文章だ。 父母の交尾の結末にてただ生きるだけの者には、
時代が求めた役割を果した者の意味を追究するのは
酷といえるかな。 60年代、澁澤龍彦が例によってわいせつ文書(サドの『悪徳の栄え』)を著述、頒布し、裁判になった(所謂サド裁判)
例によって、反省しない澁澤は、法廷で、わいせつとは何かをめぐって縦横無尽に主張を展開した
ほかの作家もやって来て弁論したり、傍聴したりで、白熱した論議が毎回行われた
裁判は終わらず、法廷での論戦が何年も続いた
ときは70年代――――あるとき裁判長は言った
「時代は移り、ここ日本には、わいせつ文書などいたるところにあふれている
わいせつを巡る議論に結論は出ていないが、もはや時代にそぐわなくなった
このあたりで、議論は終わりにしたい」
……サド裁判は、そのあと、数回行われたが、結論が出ないまま、終わった >>335
いやあ、死んだ人間をこじつけて彼は時代の役割を果たした! とかほざく輩よりは、よっぽど交尾の結末でただ生きる人間の方がまともだと思うがね。 一応このスレらしく解説しておくと、澁澤は「玉虫物語」という自作の構想もしている。その作品のメモも残っていた。
友人の出口裕弘はそれを以て澁澤の生涯が完成されきっている、とか言う風に見る事に否定的だった。傍目からはそう見えるが本人から見ればまだ生きたかったのだと。
宮沢賢治観についても、こいつは賛美してるくせに吉田司的なんだよな。あの本はあれで面白いが。
>平成に比べると重厚で絢爛豪華、ドラマティック
というのも笑える。平成文化もそれはそれで豊かなんですが。受け付けられなくなってるのかね、ご老体。 澁澤は当時ではサブカル扱いだっただろう。「文壇」人と交流はありつつも、没後読売文学賞を与えられつつも、メインカルとは認められてないところはある。
事実今でも「文壇」に入り浸ってる輩は、澁澤をたまに褒める事はあってもそれに入れ込んだ姿勢を見せることを拒んでる(そういうのは所謂サブカル、エンタメと見られる作家に任せてる)のはそういう流れがあるからだろうな。
長生きしてたら事情も変わっただろうが、筒井のように。 澁澤は三島のことを「一番親しい友達だ」みたいに言っていたけど、三島は澁澤のことをどう思っていたんだろう? 三島にとったら多くいる「友人」の中の一人的な感じだったのでは。チワワ情報だが三島は文壇には友人はいないといっていたようだ。 >>341
澁澤は文壇人として認められていないと自分で言ったばかりなのに・・・
もっとも土方だのシモンだの澁澤グループの中に加わったとき、やはり三島は敬されつつも
浮いていて、からかいの種になったということはあったようだね。 三島の中では「文壇」だったかもしれねえからな。三島は例外的に澁澤には高待遇だったんじゃね。
と言うか三島にとったら、自分以外は全部敵だったのかもしれないが。
俺の中で>>341で「文壇」と言った時、念頭にあったのは、ずばり中上、柄谷、蓮實、渡部、スガ、以下ぞろぞろと現代まで続く文芸誌連中を指してだった。
丹生谷なんかは違うようだが。 丸谷はよく言われるけど文壇を牛耳っていたわけじゃないよ。
実際にはそういう感じじゃなかった。
丸谷が澁澤に言及したのは私は見た覚えがないな。
澁澤がロエブ叢書なんかでラテン文学などをコツコツ読んでることを
中村が褒めていたことはあったな。中村と澁澤は縁戚関係があるんだよ。 丸谷才一は文芸時評で胡桃の中の世界を一度取り上げていたことがある
三島由紀夫が澁澤をどう見ていたかというのは、集成の推薦文を見るとわかるような気がする
悪い意味ではなく、文壇の人間とはちょっと違うという位置づけ 別スレの話題だけど、中村真一郎が今は読まれなくなった作家として取り上げられたが
振り返ってみると、海外の作家の影響が直接出ているような作家や作品は風化しやすいのかもな
澁澤もそのタイプなのだが、そのわりには読まれている 中村が海外文学の影響を受けたという意味では澁澤はそういうことはないだろう。
それと中村は読まれなくなったとはいえないだろう。
まあ、もともと中村の小説の読者は少なかったけど、今でも中村の研究誌が定期的に
出されているし、少ない読者、愛好者は継続しているのだ。 >354
谷崎=足フェチ
てゆーか「じゅんいちろう」っていう顔?
澁澤様は「たつひこ」なお顔なのだ 四谷シモンは今Twitterをやっている
正月に澁澤家に行った写真を上げていますね こないだ高岳親王航海記読んだけどこれ素晴らしいなこういうまだ知らない小説がたくさんあるんだろうな この時代の作家にしては?
なにか勘違いしているんだろうな・・・
しかし何をどう勘違いしているのかは、なぞだ。 ツイッターのフォロワーにNHKスタッフが居て、澁澤特集の番組制作の取材したとかで、
いろいろ貴重なお話をしてくれた。その人も読書家で、澁澤周辺の作家のお勧め本を、
勧められるまま読んだ、本当にいい読書体験をしたと、今思い出した。
粗方読んで、気持ちも一段落してみると、この人は、小説エッセーより翻訳の方が、良いような。
翻訳では他の仕事より段違いに才気を発してる気がする。 翻訳から段違いの才気を感じるってどういうとこだろうな。
確かに澁澤は翻訳うまいし翻訳の作業が大好きと言っていたけど段違いの才気って
ちょっとピンとこないな。
エッセーでたとえば夢の宇宙誌だとか胡桃の中の世界とかも読んだのかな。 というのになんなんだい?
昨晩たまたま滞欧日記が目に付いたので読んだんだけど
澁澤はよく酒を飲むだけでなくよく食うねえ。
パリでも連日、中華や日本食レストランで食ってるのをまたよく書いてる。
食うことが中心の日記だね、こりゃ。
それで、食ったあとホテルにもどり「排便」してから出口のアパルトマンへ行く、とか
クソをしたことまで書く。
いかにもパリくんだりで米のメシをいやしく食いまくり、大グソをたれてる感じが
よく分かる。 イノキュウって
プルーストがいついつに糞をしたことまで知っている
って学生に言われてたとかだから >>389
じつにいい。
イノブタの串焼きに「キューバ」をたつぷり付けてはうばる。
これにまさるアテはなかなか思ひつかない。
ビールによし、ワインなら赤白どちらでも、ウイスキー、コニヤツク、焼酎。
紹興酒でもいいが、清酒はちよつときびしいかな。 中井英夫の新刊が本屋の目立つとこに置いてた(それでイイのかよ?)ので手にとって読んでみた。
晩年のエッセイは今まで読んだことがなかったがナカナカ、って4000円は高すぎですよ。来月までそこで俺の事をまってろよと(笑) 澁澤龍彦は偉大だ
中卒サブカルの僕にも丁寧に文学芸術を教えてくれる
本当に偉大な師匠だよ 自動人形
複雜な裝置のある時計
噴水
花火
オルゴール
びっくり箱
パノラマ
…わたしたちの生産社会に対する隱微な裏切りにも似た、ふしぎな欺瞞の快楽…
ピントの合わない視界をもどかしく思っていたところへ、突然いいルーペを差し出された感覚、と言おうか。
いゝ眼をしている澁澤。 >>376
おいおい、おまえはルーペなしで一人歩きしちゃいかん(笑 実は >375 の左耳にTachinidaeの亜種の蛆を三つほど仕込んでおいたのだ。
こいつは生體膜を食い敝る強力な頤を持っていて鼓膜から大腦まで蠶食していくだらう。
>375はまあ、今とあまり変わらないのだが、人格破潰がさらに進み、周に今以上の害惡を齎らすだろう。 社会ってのは常に有為転変するものだ。若い連中はそれに合わせて、ちゃんとやっていけるけど、年寄りはそうはいかない。だもんだから「今の若いものは……」なんて批判する。
口で言うだけならまだいいが、伸びる芽まで摘んでしまっちゃ駄目だよね。そうなったら、「老害」以外の何物でもないからね。
そう考えたから、俺は第一線から身を引いたんだ。人間、はじめるよりも終りのほうが大事なんだよ。
本田宗一郎 つたゐ@千丈ヶ嶽
澁澤龍彦って時代がかぶさってくる小説じゃなかったなあとおもう。
リアルタイムでそれを読んで、時代背景と重ねてなにか衝撃を受けるような、そんな作家ではないなと。
翻訳だけど、裁判になったサドも。なんていうか、そのひとの積みかさねてきたものにかぶさってくる小説だなとおもう。
2016年1月12日
デグーのすあま&よもぎ@まー
麻耶雄嵩とかね、小野不由美とかさ、長野まゆみだとか菊地秀行やら京極夏彦やら、あの辺は学生時代の青春なんですよ。
だから有栖川有栖も当然のように嗜んでましてね、好きなんです。
そこから入って江戸川乱歩だの夢野久作だの澁澤龍彦だの寺山修司だのですよ。
厨二こじらせてますよ、現役で。
2016年1月13日
高山文彦
澁澤龍彦のエッセイで「ちょろぎ」なるものの存在を知った。ネットで画像を見たが、食べたいと思う外見ではなかった(ナウシカの王蟲を連想した)。
食い物の好き嫌いは環境依存が大きいので仕方が無い。
南九州の家庭で作るお菓子の「あくまき」、知らない人は外見を見て拒絶反応を起こすのではないか。
2016年1月18日 あなたは40代ロサンゼルス府警工場作りですか?ドーハの悲劇「横浜衝撃イヤフォン」「横浜悪夢イヤフォン」ですか?
それともいくつですか?huluさん?
それともいくつですか?huluさん?
それともいくつですか?huluさん? >>392
どういう意味ですか?マゾヒストには堪らないということですか? 斉同動詞
90年代地下現象学講義 #6「90年代、テロへの道」(5)
それは青山正明が澁澤龍彦の影響を受けていると聴いたときに頷けたように、
60年代からのサブカルチャーの暗部が反転してしまって、その暗部だけが肥大した95年ということなのかもしれない。
2016年5月6日 vobo
澁澤龍彦を入り口にアートに関心を抱いた自分みたいなのにとってイオネスコは当然通る存在で、
EVAについてもベルメールやモリニエの作品集と並んで書架にあったりした。
で、無邪気にその耽美を賞賛したりしてたわけだけど、『ヴィオレッタ』を観てがつーんと凹まされるわけです。美ってなんだ、と。
2016年5月12日 古書ドリス
奥の深い澁澤龍彦の世界を、彼の著作ではなく、あえて雑誌の特集記事から読み解きたい方にお勧めの三冊。ヴィジュアルに特化した内容です。
「鳩よ!」は、スワーンベリやクロヴィス・トルイユなど若干クセのある美術と、エロティシズムの思想を紹介。
アサヒグラフは、有名な澁澤邸の書斎を彼の幻想王国として取り上げる。
太陽は、怪物、鉱物、貝殻など、澁澤のヴンダーカンマー趣味に焦点を当てる。
様々な側面から見ることができる澁澤龍彦の世界。
ビジュアルではなく文学から彼の思想を読み解きたい方には、ユリイカや幻想文学や別冊新評をお勧めします。
https://www.instagram.com/p/BFdWZknwtt_/ 金子 國義(1936年7月23日 - 2015年3月16日)
1966年、『O嬢の物語』の翻訳を行っていた澁澤龍彦の依頼で同作の挿絵を手がける。
翌1967年、澁澤の紹介により銀座の青木画廊で個展「花咲く乙女たち」を開き画壇デビューする。
世紀末的・デカダンスな雰囲気を漂わせる妖艶な女性の絵を得意とする。
活動・表現領域は幅広いが、一般には「富士見ロマン文庫」(富士見書房)、
『ユリイカ』をはじめとする多くの書籍・雑誌の装幀画・挿絵を手がけたことで知られた。 芸術人類学研究所(IAA)多摩美術大学
安藤礼二所員のお知らせ。太田出版より8月上旬に『松山俊太郎 蓮の宇宙』を編・解題 安藤礼二が出版予定!
インド、法華経、ボードレール、そして蓮。無限をおそれえぬ探究の果てに独自の学問を築き上げた伝説の碩学・松山俊太郎の”集大成!
2016年6月1日 昔、俺が唐草物語の文体は花田清輝の下手くそで惨めな猿真似だという意味のことを言ったら、生意気にもハンドルネーム「狸」が(笑)で否定しやがった。
あんな鈍感な阿呆は文学など一切、読むな。 「渋沢龍彦氏のひとみ座批判(新しいクリエイティブ・ディレクション発見へのプロセス―その1)」
清水浩二
http://ningyonoie.com/zukan/12shibusawa.html 澁澤龍彦入門
河出書房新社編集部 (編集)
出版社: 河出書房新社 (2017/5/17)
没後30年、澁澤が甦る。東雅夫篇コレクション、平野啓一郎、ヤマザキマリ、山崎ナオコーラ、嶽本のばら、三原ミツカズなど。 書店で見かけたけど、確かに入門用だった
そこそこ売れてる感じ 平野啓一郎なんか載せてるのに 佐藤亜紀は載せてないの?まぁ他のも(ry 澁澤龍彦ふたたび、澁澤先生の珍しい写真が見れたので良かった