まずは手元の飯吉訳。
Kは部屋を見まわしてみた。すっかり元通りになっていた。今朝方、窓のそばの小卓にのせてあった食事のあとも、
きれいにとりかたづけられてあった。「女性の手は知らぬ間にいろんなことをやってのけるものだ」とかれは考えた。

つぎが丘沢訳。
Kは部屋のなかをみまわした。すっかり元通りになっている。朝、窓のそばのテーブルの上に置いてあった朝食の食器も、
片づけられていた。女の手というものは黙ってさっさと片づけるものなんだな、とKは思った。

原文
K. sah sich im Zimmer um, es war wieder vollkommen in seinem alten Zustand, das Frühstücksgeschirr,
das früh auf dem Tischchen beim Fenster gestanden hatte, war auch schon weggeräumt.
Frauenhände bringen doch im Stillen viel fertig, dachte er

「すっかり元通りになっている」と現在形に訳しているところもすでに忠実ではない。
代名詞erをわざわざ固有名Kも戻しているのも忠実ではない。まあそこは文意にはたいして影響しないところだが、
問題なのは weggeräumt と fertig/bringen に同じ「片づける」という訳語をあてているところ。
カフカが違う動詞を使って表現している箇所を同じ語で訳すのが、忠実? じょうだんじゃない。
忠実な訳者であれば、とうぜん二つの違った動詞を探さなければならない。
わたしにはこれは翻訳の初歩的なルールにすら思えるが、違うのだろうか?
それにviel の意味も訳出されていない。
それに「さっさと」という語は、どの語に対する訳語か? 
それに、そもそも、(手元の辞書によれば)fertigbringen という動詞の意味は
「@(うまく)やり遂げる、・・・・しおおせるA仕上げる、済ます」である。
「片づける」は意訳(かあるいは誤訳)の範疇に入る。忠実とはとてもいえない。
http://blog.livedoor.jp/mdioibm/archives/6987023.html