駆け出し時代、新人の溜り場だった吉行の市ヶ谷宅には三浦朱門も時折おとずれた。
なんでも「新思潮」同人の知壽子さんという女性にゾッコンで、玄関を入るなり「うわー、今日もバズーカにやられた」と叫びながらバタンと倒れてみせるのがお決まりだった。
知壽子さんとは、婚約を目前にした新思潮仲間のことであった。
ところが三浦は知壽子さんを吉行に一度も紹介しなかった。それどころか吉行がなにげなく「新思潮」参加をいいだすと慌てて全員から却下されたなどと退けた。吉行は、自分が品のない発言などをして令嬢との縁談がピンチになるのをおそれたのだろうと推察した。
そんな折、知壽子さんの母親からの頼みごとが吉行のもと(手紙だったか)に届いた。なんと、娘の文学の家庭教師になってほしいという依頼だった。吉行はあぜんとした。そもそも文学の家庭教師という発想が突拍子もないのでことわった。
吉行は良家の子女とか生意気なブンガク少女には厳しかった。頭からコップの水をおもむろに浴びせた逸話もある。
いっそのこと引きうけて徹底的に教育(ベルトでひっぱたくとか)してやれば・・・曽野綾子のその後の醜態をすこしは軽減できたかもしれない。。。