鈴木重生(静高同期生 仏文学者、中央大学名誉教授)
『わが友吉行淳之介』その素顔と作品(未知谷 2007年)より

「そのころの、とある昼下がり、私は彼(吉行淳之介)と一緒ににいたのです。詳しいことは、もうよく覚えていないのですが、どこか駅へ向かう途中のことでした。
戦争が終わり、平和がよみがえってまもなくの頃です。私の心身はその日、衰えきった、完全に落ち込んだ状態にあり、胸中には、ひそかに死に神が顔を見せていました。死に神が私を呼んでいました。
私はそのことを彼には言わずにいたのに、彼は気づき、私を問いつめ、そのあと長い時間私を励まそうとしました。励ますとは言っても、それは口によってではなく、黙ってそばにいるという形でした。
詳しいことは何も覚えていないのですが、そして他人に告げるのも憚られる出来事でしたが、彼によって私がその日の危ない気分から立ち直ることができたことははっきりしています。
この日のことは、吉行と過ごした時間の中で、心に残るものの一つでした。」(同上書9〜10ページ)

素顔の吉行…なんか、泣ける…