芥川龍之介part16 [無断転載禁止]©2ch.net
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{/{/, / l| 彡ノヾ彡'ニ/ 人生は地獄より地獄的である
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芥川龍之介(1892.3.1-1927.7.24) 遠い親戚じゃなあ
ファンの方が芥川龍之介に関しては詳しいだろうしなあ 俺歯車が見える体質だけど、質問ある?
Wikipediaに「閃輝暗点」という項目があるんで興味あったら見てみて 歯車の描写って、清張の昭和史発掘によれば
医学書からの丸写し >>197
当時ならバレないと思ったんだろ
くだらねえ 帝大ガセニセスレッド削除。つまり今までのぶん全部。 河童が芥川の最高傑作だな
物語性と非物語性の結晶と言える作品 >>197
歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞ふさいでしまう、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる
という部分のことか
しかし丸写しでこういう文章にはならないし要は典型的な症状だったというだけでは 木村荘八の随筆で望遠鏡覗いたら川向こうの縁台で久保田や小穴たちが
寿司食ったりしてて後日その時の絵をはがきで送ったら河童忌の集まりだったって知れた
って話が面白い >>209
読んでみたいので、良ければタイトルを教えてもらえないだろうか >>210
新編 東京繁昌記 (岩波文庫)
今手元に無いからちょっと間違ってるな
花火を見るため昇ったミツワビルだかいう昭和29年頃隅田川沿いで一番高いビルの屋上から双眼鏡で色々眺めてたら
「差し渡し一町くらい離れた屋根上の涼み台のところに久保田万太郎、佐藤春夫、小穴隆一、大仏大人(次郎のこと?)らがいてびっくりした」
口を開けてすしをほおばるのが手に取るように見えたと大人に絵葉書を送ったら返書が洒落てて
「そんなところに世の介がいたとは気付かなかった」だって
河童忌だと知れたのは返書にそういう集まりだったと書かれてあったのかあるいは木村が面々を見て即座に気付いたか
それについては書いていないがとにかくこの時代の絵師の教養は半端ない
(考えてみればそれがなければ挿絵など到底務まらないんだから当たり前だ)
それから東武鉄道の鉄橋がダサいことに触れていて、大震災以降の復興の煽りで架け替えの橋もみんな鋼鉄製になるんだけど
木村が「ひとつでいいから、木製の、こじんまりとしたやつを…」って提案したらみんなに苦笑されて却下されたが
澄江堂芥川君だけが賛成してくれたとあって
が、逆説的なものだったかもと書いていて
「もしそれが実現したら僕が批評するよ」と言われたらしい
事業者名を忘れたが、橋のデザインについて所謂有識者会議的なものが肝いりで計画され
それに芥川も呼ばれていたが数回の会合で中絶してしまったとある
この辺の話と照らし合わせると「本所両国」でどんどん景色が変わっていってしまってることを寂しく書いているので本音だろうと思う 偸盗を読んだけどすごく面白かった。芥川は失敗作認定してるようだけど 誰の文だったか忘れた 谷崎だったか?
慈眼寺について書かれたもので、龍之介の墓に月命日にいつもやってくる女性がいたらしい
比翼塚があるんだけどタバコやめたいとか酒やめたいとかそういう願掛けするのもいて
二人にとってはえらい迷惑な話であるとか 会員限定有料記事 毎日新聞2018年6月6日 18時17分
東京都北区は6日、芥川龍之介(1892〜1927年)が亡くなるまで暮らした田端1の旧居跡地の一部(約332平方メートル)を購入し
「芥川龍之介記念館」(仮称)を整備すると発表した。書斎を再現して自筆原稿など関連資料を展示する予定で、2023年の開館を目指す。
芥川の業績を単独で顕彰する施設は全国で初めてという。
あの辺り狭いから土地の一部といってもかなり窮屈になりそう ある日の芥川龍之介が、救ひのない絶望に沈みながら、死の暗黒と生の無意義について私に語つた。
それは語るのでなく、むしろ訴へてゐるのであつた。
「でも君は、後世に残るべき著作を書いている。その上にも高い名声がある。」
ふと、彼を慰めるつもりで言つた私の言葉が、不幸な友を逆に刺戟し、真剣になつて怒らせてしまつた。
あの小心で、羞かみやで、いつもストイツクに感情を隠す男が、その時顔色を変へて烈しく言つた。
「著作? 名声? そんなものが何になる!」 ネットサーフィン中に歯車と出会って読んだ
芥川龍之介作品自体初めてだけど異質な文だった 異質でもなんでもないよ芥川の文章は
異質ってのは宮沢賢治みたいな文章だよ ラノベは西尾維新くらいしか読んだことないな
作中で芥川の侏儒の言葉や漱石の作品などから文章を引用したりしてるから西尾維新もそこそこ文学好きみたいね 歯車の内容は異質だろ
文体は異質というほどでもないな 芥川龍之介の初期の作品と比べて「歯車」は読みやすくまた気狂いの気持ちが理解できる 気狂の気持ちを理解、とはまた可笑しなことを言いますねえ 芥川は別に気狂とかではないよ
それとはまた違う話だが、芥川の親類に気狂がいて、周りも散々手を焼いていたらしい
ある日、芥川が知り合いの医師にそれを相談したところ、気狂には気狂が効くと教えられた
芥川は気狂のように横暴な態度でその気狂に説教し、以来その気狂もおとなしくなったとか 468 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2018/09/16(日) 01:54:17.21 ID:iqXRGs5S
俺は一人でいる時にやたら独り言を話す
それも全て英語で
延々と英語で独り言を話す
何故だか分かるか
つまり、そう言う事だ >>222
むしろきわめて普通の文体
なぜなら日本の私小説の文体はここから始まったから 東京に関係ない人まで釣るな。東京帝大の代表的作家であることは疑いないのか?
発表してないモノや、売れ残りないモノだってある。 日本文学に芥川がいなかったらほんましょぼいもんになってた ★ お楽しみタイム
2020年東京オリンピックの泣ける歌
「東京ルーザー 〜 2020年のオリンピックを」
『東京ルーザー オリンピック』
↑
これで、ユーチューブ検索
きっと、泣けマス
(新宿、渋谷、上野、浅草、下北沢、池袋、銀座、原宿)
↑
以上8ヶ所の東京都内の地名が、歌の歌詞に登場します お茶の水当たりの方へ行くと、東京に東大志願者がいないとわかるが。 >>105
宇治拾遺物語なら、町田康先生の訳があるではないか >>227
おかーちゃんが精神病だったらしいね
自分もいずれは発狂するのではって言う恐怖が常に付きまとっていたらしい >>227
キグルイにはキグルイが効くという医者
それを実行する芥川
ワロス 桃太郎がキチガイじみてて笑うわ
まんまシグルイとか衛府の七忍の小説版 歯車は、レインコートの男が出没するシーンが好きだ。 あれちょっと話盛り過ぎだよね
実際はレインコートの男なんか最初の駅で見かけたかそれくらいだと思う あくまで作家の書いた作品なわけだからそういうつっこみは野暮 まあ歯車は結婚式出席したこととか最後の階段の音のシーンとか芥川死後に文夫人が語ったものと一致する所がいくつもあるから実際の出来事を元にしてることは確かだろうけどね
その中の局面局面でその時の精神状態から感じた心象を重ねたりして物語を作ってると思われる 芥川の後期作品は後世で研究者や評論家などに分析されることを意識して書いているから至る所にトリックを散りばめられている
或阿呆〜なども実際の女性関係を際どい所で意図的に錯誤させて藪の中に引きずり込む仕掛けが施されている
自分はそこまで芥川に興味ないからそれ以上深入りする気にはなれないけど いや、そこは"分析されること意識して"の芥川視点に掛かっているから"書いている"が正しいんだよ 芥川は→書いている
芥川の後期作品は→書かれている 分析されることを意識して"書いている"
まあ"書かれている"でも同じ意味で通るが、この場合は芥川の意思視点だから"書いている"でよい 医者も驚くほどの巨根だったそうだ。それは子孫には伝わったのだろうか?
「鼻」という作品はそういうのが下敷きになって婉曲な表現で書かれたの
かなぁ? 書いている
ならば
散りばめている
となる
違和に気づいてくれたかな? >>252
息子の芥川比呂志が徴兵検査で裸になったとき、散々巨根であることをからかわれたそうな (芥川的に)分析されることを意識して"書いている"故に、(第三者的に)トリックが散りばめられている(ように見える)
まあ少し省きすぎたかもしれないがこれくらいはふつうに察してほしいな 男は黙って歯車。会社の歯車、社会の歯車、そしておいらは天国へ。 今年の命日も文士村で企画あるね チラシ置いてあった
ヒロシとヤスシの娘さん二人呼ぶらしい kitabunka.or.jp/wp/wp-content/uploads/kappa_190426.pdf
芥川耿子(比呂志三女)X芥川麻実子(也寸志長女)による対談 夢に芥川出てきたわ
丘の上の公園のベンチで芥川と話してたらカミキリムシの大群に襲われて
いっしょに繁みに隠れたんだけど息遣いとか着物の匂いとか妙にリアルだった ちくまの文庫全集は素晴らしいのだが、小品と呼ばれる作品集が収録されてないのが残念だ。 幼い頃にアニメでみた杜子春が衝撃だった。
杜子春映画化希望 165 名前:吾輩は名無しである :2019/10/07(月) 10:21:29.93 ID:lh+7nGa2
この人は起承転結を否定してた人ですよね
某作家とその件で戦ってた記憶があります 黄粱夢が収録されてる文庫って岩波の「蜜柑・尾生の信」しかないのかな? オチが無かったらほんとにただの迷惑な田舎娘で終わった話だよな スペシャルドラマ 〜ストレンジャー上海の芥川龍之介〜 ★1 気分が鬱ぐような黒々とした雲を読者の頭上に覆い被せて、不安感や不快感や恐怖感などを煽ってから
最後にそれらすべてを爽快に一掃する手法は漱石作品にもいくつかあるが、例えば漱石の
「琴のそら音」と芥川の「蜜柑」を比較してみても芥川のは何か腰の軽い印象を受けてしまうんだよなぁ
いや、簡潔でキレもあるしもちろん蜜柑も好い作品ではあるんだけどね まあでもこれは難癖か
独立した短篇ではなく、子規の随筆の病牀六尺にある小提灯的な一片とか、漱石の随筆作品などにあるささやかな一小説みたいな感じで出していたら微塵も文句つけようないんだけどね
独立した短篇としてはちょいとささやかすぎるというかw 芥川は最後まで朝日入社する前の漱石みたいな根無し草で生け花的な仕事ばかりだったから仕方ないわな
漱石も初期はいくつかの雑誌社にささやかな短篇を掲載してお小遣い稼ぎしてただけだし
芥川は最後までそのお小遣い稼ぎ程度の仕事ばかりであまりに不遇すぎでかわいそうだった そのへんの金銭事情があり、芥川は何か菊池寛に助けを求めたそうではあったけどプライドが許さなくて言い出せなかった感じかね
菊池寛も菊池寛で芥川が困窮してることは耳にしていたがむやみに自分から手助けすることは逆に芥川に対して失礼だから放置せざるを得なかった感じか
芥川の死後に菊池は何も力になれなかったことを後悔したのか困窮にある文士に対してむやみに金をばら撒くようになったし
芥川賞を設立して懸賞金をかけて金銭での援助をしたり
芥川の死に関して菊池寛には何も罪はないんだがね >>281
いや難癖じゃなくて、その通りだと思うよ。その吹っ切りきれない「さわやかさ」が芥川の限界を表していて、
逆に「蜜柑」が好きな理由かな。 「僕は何か精神的に未熟のようで、カエルのようにぴょんぴょんと跳ねることだけしかできず、何か物事を継続して押し進めるということができない」というようなことを随筆で書いてるし自覚はあったみたいだね
故に"ボードレールの一行"に懸けた で、芥川が海軍の臨時教師してたときに確か鷗外と初対面してる 芥川は裕福でも無かっただろうが、貧しいとか生活に困っていたというイメージはなかったが
芥川は長編を書きたいという意欲は持っていたのかな いや、晩年は相当貧困だったよ
そこに姉の夫が鉄道飛び込み自殺したりで芥川がそっちも金銭的に手助けせざるを得なくなり、いよいよ困窮極まった
死んだ時の芥川名義の貯蓄は現在の価値で20万円とか
芥川の死後に残された家族を援助したのは菊池寛 17 名前:吾輩は名無しである :2019/12/31(火) 01:20:32.10 ID:uwzCvtfA
とにかく何が言いたいのか不明な作品
村上春樹に通じるからニューヨークでもいま若者に受けてる 18 名前:吾輩は名無しである :2019/12/31(火) 12:58:52.19 ID:uwzCvtfA
因みに、ニューヨークでは村上春樹に似た新人作家だと思われていた 19 名前:吾輩は名無しである :2019/12/31(火) 13:02:06.33 ID:uwzCvtfA
もちろん、知識層では芥川龍之介は認知されていたのでそんな誤りはなかった