討論用 文才の遺伝に関しての話題 [無断転載禁止]©2ch.net
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文学理論 9
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1473726035/
発端
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1473726035/504
>科学的には文才はほとんどが遺伝で決まり
>後天的な訓練によって伸びる部分が少ないのは分かっている
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured >>78
小説を変えるというかいわゆる小説ではないものが作れるきがするんだよな
小説を変えても結局のところそれは小説と言えてしまうものなわけだから革命的に新しい言語表現とはいえないきがする >>80だけど安価間違えた
>>78ではなく>>79 先天説は素性で物語が決まるとか言い出したぞ
そうだな漱石の孫が別の時代に生まれたら漱石にならないのか?
やはり漫画を評論してたのかw >>82
これだけ大勢が懇切丁寧に説明しても的外れなことを言い続けるのは後天的な能力だけでは説明がつかない
論理的な文章を理解し使いこなす能力に先天的な限界があるということだろう (ワッチョイ 231a-5Q+K) ←コイツはNG推奨 NG厨は、アレだろ?遺伝子と指とPCの操作の話をしてた奴だろ?
あれがまた意味がまったく判らなくて困ったよ 文学を病気だと考えれば先天的なものも後天的なものもあるよなぁ。
脳のどこかを破壊すれば補償作用かなんかで文学できるようになるかも。 pretrainingだけでなく、文才は
dropoutによって形成される。
これらは人工知能用語(deep learning)だが、人間にもあてはまるのではないか?
どこかの繋がりが断ち切られるからこそ、それが文才となってあらわれる。
それは補償回路が形成されるからだろう。
川と川をつなぐ運河のようなものか。
文才とは、ひとつの障碍から生み出されるものなのではないだろうか。 そう考えると物理的/非物理的な両方の人工的に文才が得られるメソッドを開発できると思う。
そのひとつに、非母国語で考えて書いてみるという方法もある。
書く/書かれる という対象の関係性を逆に辿るというのもある。これはレイトレーシングだ。
レイトレーシングは光を追跡するのではなく視線から光を追いかける。
なんらかの人工的な障碍を枷として与えることで人工的な文才が得られるw x レイトレーシングは光を
〇 レイトレーシングは光源から光を 人工知能の夏目漱石の本でも読ませると
我が輩は犬であるとか書くのかねぇ 人工知能は夏目漱石じゃ...
なんてことはさておいて、
猫であるを読ませて、もちろん必要な知識もあたえて、
猫を犬に置き換えて小説を書き直すという問題を与えるのもおもしろそうだ。
そういう競技があってもいい。 人工知能ってまだまだゼロから小説書くのはむずかしそうだけど
書きかえるとか組みあわせるみたいなことならわりかしすぐに出来るようになりそう
夏目漱石の『我輩は猫である』をワンクリックで1万種類に書きかきかえたり他作品と混ぜたりできるならおもしろいかもな
というかなんで人工知能に旧来の小説を書かせようとするのかね
人工知能を使うんだからすくなくともこれまでの小説とはちがうものを生みだしたほうがおもしろいとおもうのだが 例えばタダやシュルレアリスムも「自動記述」や「優美な死骸」や「帽子の中の言葉」みたいな手法の模索はしていたが
今は新技術もあるんだから人工知能といわずアルゴリズムを使うだけでおもしろい方法はいくらでもあみだせるだろう
というかもうしようとしてるひとたちもいるようなきはするけど(こういうことするならやはり現代美術やら詩人かな?) 人間も人工知能も同じ
子供の頃には何も判ってないが人生を過ごす事で小説に投影できる
胃弱の原作者をそのまま登場させる
もし人工知能が苦痛や苦悩を感じて「殺してくれ」と頼んでも
小説を書かせるのかな?
非人道的と思うね [オレ] 小説書いてよ
[AI] めんどくせーからやだよ
AIがこのくらいになればよいのだが。
たとえ文才が遺伝であっても書かなければどうしようもない。
書かされたものはつまらない。
しかし、みえない何者かによって書かされているタイプもいるだろうし... 文才を生みやすい先天的な障碍が遺伝するとしても、
それを直接に文才と結びつける必要性をかんじない。 文才なんて遺伝しない
生き物が文才を遺伝させる理由すらない
たまたま遺伝子に文才として利用できる部分があったとして
それは代々受け継がれるわけでもない。
それが可能ならば漁師は漁師に特化した人間になる筈だ
あり得ない
でもAIのように才能をコピペできる世界ならバージョンアップと言う形で遺伝できそう 文章に関しては10~20代あたりまでに属性がだいたい決まるきがするわ 言語による複雑な情報伝達は種としてのヒトの存続に貢献する主要な特徴なのになぜ遺伝させる理由がないなんて話になるんだ?
文才が遺伝しなくなればヒトの文明はすぐさま滅びる
そして文才に個人差があるのも当たり前のこと
肺活量に個人差があるようなもの 「文才」が「発現」するのは後天的である。
「文才」という概念の問題か。
遺伝によって文字を先天的に取得しているわけではないwので遺伝ではない。
言語能力と文才はわけて考える。最初から遺伝によらない部分が文才w 文学板だしそろそろ「文才とはなにか」みたいなはなしもしないか?
文章を書く才能ってことではなくて、もうすこし掘下げてみるというか
例えば「文章を書く才能」にしても文章にもいろいろと種類があるだろ
理路整然とした文章もあるしよくわからないけど魅力のある文章もある
文学において
「文才がある」といえば「(魅力のある)文章を書く才能」を指すとおもうのだが
「(魅力のある)文章を書く才能」ってなんですかね?みたいなところもきになる
あとは
小説でいうと長編小説を書く才能と短編小説を書く才能みたいなのもあるきがするし
そういう違いはどういうところで決まるのか、ふたつはなにがどのように違うのか、みたいな 赤川次郎と大江健三郎とナボコフとルイス・キャロルとドストエフスキー
全員文才があるといえばあるけどここにある文才には質の違いがあるわけよな
こういう文才の質みたいなものはどこで決まるのかはわからんが自身で変えられるものなのかね? うーん。「文才」そのものの捉え方がw
「文学オリンピック」の「文才部門」ってのは難しそうだ。どんな競技になるのやら。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚をそれぞれいかに伝えるかという競技。
喜怒哀楽をいかに表現するかの競技。
いかにして文才を評価するのだ? 詩がボクシングなら
小説はプロレス。
覆面もいるけどベビーフェイスもヒールもいるわな。 >>107
どんな競技にも才能を評価する部門はない
野球や蹴球に球才部門はなく柔道や空手に武才部門はない
しかし測れないからといって才能に差がないことにはならない
大谷のバッティングを見たか?
投手練習に多くの時間を割いている選手が
誰にも真似のできない体の使い方で打球を運んでいる
ああいう見事な書き手を文学の世界でも見たい 勝敗によって文才を決定するとしたら、売り上げ。
そんなのはつまらない、なにかこう血みどろになるような闘いかたはないのかw 天才つうか常識外れな人は「天賦の才」
長嶋茂雄とか 評論は血を浴びてこそだけど近年は好きな芸能人をヨイショする文化評論ばかりでクソ
その頂点がボブ・ディランのノーベル文学賞受賞だろう 遺伝的な文才の元となる資質が文才として発現するのは後天的だが、
文才をみきわめる資質・才能は遺伝するのか。
文才とはなにか。文を読み書きする才能か? 言語能力全般では広すぎる。
かといって言語能力に含まれる一部だけというわけでもない。
まあなんといっても>>1のような内容の論文がでているのなら教えてください。 子供の学力、遺伝の影響が50%?
http://(略)/test/read.cgi/newsplus/1445079709/
「私が研究している行動遺伝学の成果をみると、学力やIQを含めたあらゆる心の動きや行動が、
遺伝の影響を受けていると考えられます。ただ、知能や学力に遺伝がかかわっているというと
『親が東大を出ているなら子供も勉強がよくできる』というふうに受け取られやすいんですが、
これは間違いです。“遺伝がある”ということは、親の特徴が“遺伝する”ことではありません。
むしろ、同じ親からまったく違う素質を持った子供が生まれてくるのが、遺伝子の仕組みであり特徴なんです」
>親の特徴が“遺伝する”ことではありません。
だそうです 顔や身体的特徴などは遺伝しますよね。
遺伝したものから同じような特徴が発現しやすいので、途中をすっとばして「遺伝」といってしまいがちですが。
文才は発現する特徴でしょうから、遺伝の影響は受けると表現されたとしても、遺伝とは呼べませんね。
そもそも文を学ばねば文才は発現しませんからw 「遺伝できまる」と「遺伝する」はちがう
と上のほうですでに指摘されているとおもうが 「文才の遺伝はあるが親からは遺伝されない」
そして
記事では後天的な脳の発達の件も出てる
R25
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20151016-00045328-r25
↑
これを参照
ただし
【話題】驚きの新説「頭の良さは母親からしか遺伝しない」は本当なのか★2
http://(省略)/test/read.cgi/newsplus/1477685446/
↑
頭の良さの遺伝の記事もある
>石浦教授によれば、人間は2万個くらいの遺伝子を持っていて、
>そのうちの半分の約1万個の遺伝子の組み合わせで頭脳の賢さが決まっているのだそうだ。
>ほかにも重要なのが子供の脳が形成される幼児期だという。
>「子供の“頭のよさ”は、遺伝といった先天的な要素よりも、
>教育や環境などの後天的な要素が大きいと見られているのです。
ここで「後天的な要素」が出てきました 「賢さ」ってのは「文才」と直接に関係するのか。
「賢い系」の文才と「おバカ系w」の文才とか。
なにを「文才」と呼んでいるのだろう。 書けないとき人はこういう。「オレには文才が無い」。
いかにしてミューズを捕まえるか。それが問題なのか >>117
意欲のはなしはおもしろかったな
>興味深いのは、英語を学ぼうとする「意欲」についても、
>二卵性双生児では類似性が見られないのに対し、
>一卵性双生児では明らかな類似性が見られたこと。 >>118
それでは賢くない文才の例を出さないと
センスがいいとか?
ねじめ正一の猥雑さは賢くなさそう?
携帯小説は売れたけど文才は無い? 漢字を覚えるのは動性iqが関係してるらしい
俺は読解は得意だけど漢字が苦手なのと、作文書くのが恥ずかしいのとで国語の成績は普通だった
ちなみにアシュケナージ系ユダヤ人は言語性iq>動性iq だそうだ 一卵性双生児はCOPYみたいなもんで同じ行動を取るのだろう
それなら夏目漱石の遺伝子を使えば
ばんばんと名作が生まれる 俺は生まれつき口が達者だった
中原昌也を見てると、まるで幼稚園の頃の自分を見ているようだ 大人と口喧嘩しても負けなかった
もっとも幼稚園児相手に本気になる大人もいないだろうが
あの能力はどこから来たのか?
遺伝としか考えられない
ちなみに自分の母も祖母も口が達者だった
知能は母系からしか遺伝しないという説もある 小説執筆に関していえば
特に文学と呼ばれるようなものを目指すならば
訓練でいくらでも変えられる(小説は自在に操作できるようになる)と考えるよりは
変えられないところこそを自分の持味として活かすことを考えたほうがいいきはする
最初はいくらでも挑戦しまくるのがいいとはおもうけど
どこかで「これ」というものに気付いたらそれに重点置いて掘下げたほうがうまくいく
遺伝子は置いとくにしても文体や美意識等なんだかんだ各々が変えられない癖はあるからな
逆にいえば、10~20代でいろいろなことに挑戦しまくることで
自分の変えられないところを見つけられるというのもあるかも 賢くない文才かぁ。思いつきでおバカ系文才などといってしまったけど、
誰かいたかねぇ。めちゃくちゃであっても何か、他では得られない何かが伝わってきて...
昭和軽薄体なんていうものでは根底には賢さがあるしねぇ。
なにが文才・文彩なのか、どのように判定されるのか。 【話題】驚きの新説「頭の良さは母親からしか遺伝しない」は本当なのか★3 [無断転載禁止]©2ch.net
daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1477879222/ それが遺伝によるものかどうかはしらないが、母親からうんぬんはかなり昔から言われている。
経験則? 賢い母親がどう話しかけるかで決まる部分はありそーだね。 バカ系文才と賢者系文才……確かにどちらもあるかもな
2chにたまにあるおもしろいクソスレやコピペはバカ系文才(?)を感じることがあるわ
ああいうのはまさに才能だとおもう
特にクソスレは何年間練習しても上手くならないし練習の仕方がそもそもわからん
上手くいくときは連発でウケたりするけど調子悪いときは何十回立てても「ワロタ」のひとつも貰えない 討論することでもないだろ
遺伝だけでも決まらないし環境だけでも決まらないってだけ 良い小説を書く人は、たくさん小説を読んでいるものなのでしょうか?
ほとんど小説を読まずに小説を書く人もたくさんいます。才能がすべてです。
でも僕が知っている優れた小説家は、みんなそろって貪欲な読書家でした。
一度プラハでフランツ・カフカの書棚を見ましたが、とても丁寧に小説を読んでいた人なんだなと感心しました。
やはり読まないよりは読んでいた方がいいと思います──村上春樹、『村上さんのところ』より アーティストやプロスポーツ選手など、「才能、努力、どちらが重要なのか」と言われることがある。だが、その分け方は間違っている。
才能というのは、その人にペタッと貼り付いているわけでも、内臓のように体内、脳内に存在しているわけでもない。
努力を続けることができる、それが才能で、それ以外にはない──村上龍、『GOETHE12月号』より 昔ならそれで終わってたけどな
今は「努力出来る人は脳の出来が本当に違う」との話もある
努力と才能は対立ではなく努力の才能がどうもあるらしいとの話になってる 文才があれば努力しなくても(才能が)発現する、というわけではないが、
運も文才のひとつであり、努力せずとも発現し、それは天才と呼ばれる。
運は遺伝なのか?
春になると毛虫たちは道路を横切る。
運の悪いものは淘汰され、運の良いものだけが生き残り子孫を作る。
しかし毎年繰り返される。
車に負けないほど毛虫が巨大化すれば。。。餌が足りなくて死ぬか。。。 【文化】「日本のバッハ一族」服部家、音楽の才能は92%が遺伝との説も 遺伝子レベルでも、リズム感が遺伝する [無断転載禁止]©2ch.net
daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1481965508/ 人間には先天的に読む能力が備わっている
失読症はその逆で、文字に対する適応性が低い
大量に読めば書く能力も上がるのか?という問いに対しては、そもそも先天的に読む能力が高い人間がいる、文字に対する適応性が高い人間がいる、低い人間もいる、ということを認めるべきだ
これらの読書能力が遺伝かどうかは怪しいが、先天的に決定している
おそらくは、失読症と同じくらいの割合で、その逆、文字や記号に対する適応性がとても高い人間がいるはずだ
そして失読者は努力や苦労をして失読状態になったわけではないし、逆に、識字者がどのような努力をすれば失読状態になれるのかすら知られて無い みんな喜べ
例の研究の続きが来たぞ
中3の15%は短文理解も難しい?中学卒業までの読解的基礎力と将来との関連性に驚く人々と納得する人々「ツイッター見てたらわかる」 - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/1154046
東京新聞:中3の15%、短文も理解困難 教科書や新聞で読解力調査:社会(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201709/CK2017092302000119.html 確かに異様に口達者な子供っているよな
特別な教育を受けているわけでもないのに数十人にひとりくらいはいるんだよ、そういう子供
そう考えると、言語的な部分は結構先天的に決まるのかもしれないな 先天性はあるのは当然だと思うよ
でも「文才」が遺伝はしないだろ
文才は時代性と関係する
時代に合わない才能は結局は認められない
文才は育てるもので遺伝するものじゃない .パクったろ? 、/;;;人
吐け 、 /;;/ハヽヽ
/;;ノ´・ω・)ゞ いやどす!
_ノ⌒\_ノ /////yミミ いやどす!
/ ピシッΣ(=====)
(\ _, ,_ 彡 ( ⌒)っ)。'。゚_・゚
< ( *`・Д・) / ̄ ̄ ̄'し ̄ ̄/\
\ ⊂ )  ̄ ̄ ̄ ̄| | ̄ ̄ ̄ ̄
/ \ | |
し ̄ ̄ ̄\) ./ \ >>144
いや、日本最古の小説が未だに読まれているんですが、、 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています