読むという行為は「参加」なのだろうか。
その物語世界への参加であれば、構造とは世界のことだろう。
イマ風にいえばセカイ。
それがノンフィクションであっても語られるセカイがあり、虚構のセカイである。
東大で文学を、といっしょに借りてきたのが
「物語論 基礎と応用」橋本陽介
買っていたような気もするが読んでいる途中でどこかに埋もれてしまったのだろうw
借りてきたあとに気づいた。
このようなリアルな出来事であっても、そこに物語をみいだして虚構セカイへ突入してしまう。
単に酔っているだけか。