蓮實 ところが、畸形性をめぐっては、もう一つ別のパラダイムがあります。たとえば筒井康隆という人も、
    その種の畸形をよく使う作家ですげれども、これは松浦的なそれとは全く無関係に透明なわげです。
    驚くべき透明さがあって、それが筒井康隆の魅力なのか、文学的な才能の欠如なのか、
    これはもう一度問い直してみるべき問題だと思うけれども、なぜ彼があれほど透明かと言うと、
    あれは語られているものの側にリズムかおるからでしょう。つまり、同じところにとどまらない。
    ところが松浦さんは、同じところにとどまらないというリズムによって透明であるわけではない。
    何かもっと実存に触れたところで、妙に透明なんてすね。

渡部  そうですね。筒井康隆に関しては、前に蓮實さんが
     「リアリズムがあってくれてよかった、という前衛作家だ」と。あの透明さというのは、
     むしろ楽天的だという意味ですね。

蓮實 そうです。


「魂の唯物論的な擁護のために」392p