理解できないものを「隠されているから理解できないのだ」とするのがグノーシスの考え方で中期プラトニズムが「神々しいプラトン」に到達するためにアリストテレスを学び、それによって隠されたプラトンにたどり着こうとする
イレナイオスはユスティノスよりもキリスト教内で活動したため、哲学要素が少なく、ロゴス・キリスト論をギリシャ哲学によらず研磨している
Q資料と言うのは19世紀に各福音書が時系列をもって別々の作者によってつくられたとする前提を受け入れて作られた概念
それはマルコとルカの福音書のもとになったものだから、この二つと共通点を持っていないならば、せいぜい断片でしかない
トマスの福音書はほかの福音書と共通の伝承を伝えていて、けれど他にない伝承を含んでいるけれど、他の福音書はそういうものではない
なぜか、「ロゴスが受肉した」ことを強調しているけれど、これはヨハネが中期プラトニズムの影響を受けて「ロゴスの先在」に触れ、ユスティノスがキリスト教の哲学的説明を行ったあとの時代
キリストの「復活」が救済の根拠だった共観福音書の時代からキリストの「受肉」に救済の根拠が移っていくのはヨハネ〜ユスティノス・イレナイオスの時代で、ナグ・ハマディの文書にはこの時代の空気を伝えるものが含まれている
救済のために復活したイエスと救済のために受肉したイエスは一世紀には前者が、二世紀には後者が説得力があるとみなされるコペルニクス的転回が二世紀前半に起こっている
「使徒たちが復活を見た」だから救済される、と言っていた時代から使徒の弟子の時代になると、「師匠が復活を見た」では説得力がなくなっていく
「復活を信じない人たちに救済を信じさせるためには、その人たちが信じていたストア的宇宙観に訴えかけなくてはならない」
そこで使われるのが論理で、アリストテレス的哲学になる
この哲学の導入は、「エルサレムとアテナイに何の関係があるのか」というように強い反発も生むけれど、ユスティノスのような哲学を神学の根拠にできるという風潮は生き延び続ける
ただし、ニケイア信条やカルケドン信条は徹底してアリストテレス的要素を否定する結論になる
このアリストテレスを利用したがる波は常に存在し続け、教義発展におけるダイナミズムをもたらす