【早稲田大学】渡部直己8【俺の女になれ】
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東京新聞の大波小波でこないだまたナオミと「蒼生」が話題になってた これは渡部センセの最高傑作他の著作が消えてもこれは日本文学史に残るよ
――「おれの女になれ」と発言したのか。
「そのような言い方ではなかったと思う。過度な愛着の証明をしたと思います。私はつい、その才能を感じると、目の前にいるのが学生であること忘れてしまう、ということだと思います」
――そうした発言は本当にないのか。
「過度な求愛を……。その時は卒業したらといったと思いますが、『おれの女に』といったとは覚えていませんが……」
――彼女に対して恋愛感情があったのか。
「(だまってうなずく)」
――発言は、男女関係になってほしい、という意図だったのか。
「そうではない。付き合ってくれという意味じゃないでしょうか。付き合うというか、卒業してもこうやって指導できたらいいということ」
――付き合うと指導は別のことでは。
「教師として不適格かもしれないが、相手が生徒であることをすぐ忘れてしまう。過去にそういう事例があったかは学校に説明します」
――今回の行為を問題だと考えているのか。
「教師としての資格はない。学校の処分をまって、身を処したい」
――具体的には辞めることも考えているのか。
「はい」 新聞掲載日:2019年7月5日(第3295号)
連続トークイベント「今なぜ批評なのか」第3回
昭和・平成・令和――改元直後に、天皇・天皇制・皇室について考える
小谷野敦×綿野恵太
綿野 『とちおとめ』の天皇制批判の論理は、すごくシンプルで理路明快ですよね。
ひと言でいえば、天皇制は人権思想と矛盾する身分制度である、と。
小谷野 でも、左翼の人があまり褒めてくれない。絓秀実には
「私は「あり」だと思いますが、反天皇の人は戸惑っているんじゃないか」と言われました。
「あり」というのは、積極的には推さないということです。大杉重男もブログで書いてましたね。
セックスシーンの描写が手抜きであり、もっと詳細に描くべきである、
どこか天皇制への自主規制が働いているのではないかと。渡部直己の『不敬文学論序説』でも、
近代小説に対して、とにかく天皇・皇室への描写が足りないと批判していた。
どうも、この人たちの物言いを読んでいると、
不敬文学でなければ天皇制批判にならないと思っている向きがあると思いますね。それは違う。
たとえば中野重治の『五勺の酒』みたいなやり方がある。私は、あのラインで書いている。
綿野 『不敬文学論序説』では、天皇はタブーだからこそ「描写しろ」と言われていました。
しかし、ネットや週刊誌などの天皇・皇族をめぐる言説を見ればあきらかなように、
「不敬」は天皇制に国民的な感情や情動をかき立てる装置となっている。
結局のところ、「不敬」とは「おいたわしい」という国民的な哀れみの裏返しにすぎないのではないか。
その意味では、むしろ、石原慎太郎的な無関心のほうが興味深い気がします。
「私は陛下より1つ年上だが、それでも頑張っている。本当に陛下には、もうちょっと頑張っていただきたい」
(「BSフジ「プライムニュース」二〇一六年七月一三日」)という発言とか、天皇にたいしてなんの興味もない。 大波小波の「蒼生」礼賛は、学生が弾圧にめげず雑誌出して偉い、
こういう学生こそジャーナリズムで活躍してほしいというもの。
しかし、指導教員(兼早稲田文革編集長・北原)たちから、すでに「蒼生」騒動に対する
事実問題を含めた反批判がネットに投稿されており、
それを無視して(おそらく、読んでいないだろう)論じているのは、昨今の匿名批評の劣化を反映している。 >>795
>ひと言でいえば、天皇制は人権思想と矛盾する身分制度である、と。
国家権力ではなく宗教・文化を形式的に継承する権威だから矛盾はしないよ
個別的人権→個別意思→一般意思→法→命令・応答
といった人権思想の枠組では
伝統や習慣といった文化装置と支配様式について論じられない
ほんとうは文学の領域でなされるべきことであり
日本近代文学でこの種の考察を展開しているのは三島や折口かな
おもにフランス現代思想をもてあそぶだけで終わっているのが現代批評です >>798
天皇は国家権力と離れたことがないという特異性を持つ。 >>797
早稲田文学・北原美那の反論はググれば即出てくる(調べないのは怠慢)。
要は、「蒼生」掲載の笙野頼子の文章は校閲(ファクトチェック)が必要だと北原は主張したが、
それを学生は言論弾圧ととらえ、主任・堀江敏幸も笙野文は創作だから、ファクトチェック不要として、
学生に追随した、ということ。おれは、多分、北原ほ方が正しいと思うけどね。
「蒼生」に限らず、笙野の最近のものはあちこちから指摘されているように、フェイクニュースにもとずいた饒舌垂れ流しが多い。 チェックした内容を
本文とは別個に掲載すればいいのに
読者に選択させればいい カヤスワヲ
〈芸術〉が成立して自明と受けとられてしまうとき、
〈芸術〉は〈芸術〉が成立するまでのそれまでの来歴を隠蔽・消去してしまう。
あたかも〈芸術〉がそれ自体自明で、疑うべからざるものであるかのように。この点、〈貨幣〉の成立に似ている。
〈芸術〉が自明であると勘違いした連中が「芸術のための芸術」などと駄法螺をふく。連中の言い分では、
芸術のための芸術というセオリーに〈芸術〉は従う(または、従わせる、従うべきだ。)というわけだ。
しかし矛盾している。そのセオリー自体が〈芸術〉の経験・反復から教訓として引き出されたわけで、
ましてや〈芸術〉に先行するものではないからだ。〈芸術〉は本来的に豊かであり
(小説における〈雑〉を見よ。その強みは豊かさ=猥雑さではないか?)、
部分的に矮小化されたセオリーに従う謂れはない。
「芸術のための芸術」なんてのは、資本主義下に花ひらいた冷厳な徒花にすぎない。
あらゆる芸術論に隠蔽されたブルジョワ美学を暴くこと。それが肝要だ。
マルクス主義の強みは、理論的であることだが、ここでいう理論的であるということは、
資本主義との政治・経済的闘争においてであるし、また資本主義の文化=上部構造の研究において、である。
古井由吉なんかは、〈芸術〉(ここでいうと〈文学〉ですが)を自明なものとして受けとっていないですよね。
それゆえに古井の、意匠としてではない本源的なマニエリスムがあるし、渡部直己風に言えば「不達の愛技」がある。
2019年7月13日 >>801
発刊後の対応を見るに、ファクトチェックを口実にした隠蔽工作でしかないな。 市川真人が、部下の北原を盾にして「女性にひどい振る舞いをしている」と訴えてる構図、醜悪だと思うんですけど >>803
凄いなぁ
文学の世界は未だにマルクスが肯定的に語られるのか
…思い当たる節はある。文学板でのやりとりで、マルクス主義の匂いがするなんてのは良くある話だし。
近年は歴史学でもマルクス主義は退潮してるのにいくらなんでも能天気ではなかろうか。 芸術があるから人は命を落とさないで男女がかかわれるんだよ。 >>804
「発刊後の対応」って何?
おれは、北原その他(フェイスブックでも同様の発言り)が堀江を実質実名で告発しているところなど、
隠蔽工作とは思えんが 隠蔽しようとしているのは、堀江の方だろう
確かに、市川の文章はひどかったけどね
それはともかく、もうしているのかも知れんが、北原らは東京新聞に抗議したらいい 堀江の悪とやらがまったくわからんのよね
市川がひたすら拙劣で北原が犠牲になっただけでは 「蒼生」は文芸ジャーナリズムコースの授業の内で制作されるの雑誌でしょ
そこで指導教員は寄稿原稿に校正校閲を行うよう、学生に指導するのは当たり前
どんな雑誌でも校正校閲はやる(やらずに済ますひどい雑誌もあるようだが)
それを不要と言った堀江には何らかの「政治的」意図があったと考えるのが普通
ところで、あなたは「蒼生」を実際に読んだの?
笙野の文章は、当然校閲を経るべき内容だよ 蒼生読んだけど、笙野頼子を訴えるていで堀江糾弾するロジックがほんと意味不明 笙野頼子の文章を受け入れる度量をみせれば、笙野頼子の評判考えるとノーダメージだったように思うんだが だから、笙野の文章は堀江主任の一声によって、結果的にフリーパスで受け入れられたんだよ
そのことが問題なんでしょ
堀江は笙野の「名声」ゆえにフリーパスだというロジックを使っているようだが、それは単に文壇的権威を利用した「政治」以外ではない
そもそも、笙野は文壇的権威主義を否定する論陣を、いつも張っているひとじゃないですか ねじれた言い回しだなあ
市川の正当化がしたいだけっしょ
自分が抗議されてるから否定したかったんだろうけど、
笙野頼子のテクストがすべて真実だと思う奴もそう多くないから、
ただのバカ
なのに北原が酷い目に遭ったといって盾にしてるわけだ
自民党が、ヘイト発言を女性議員にさせるのと似たキモさを感じた 文壇にはたいして興味ないから、何を守りたいのかわからんけど これがおれの最後
あなたはこの板では割とまっとうなひとだと思うから言うけど、
市川も堀江も早稲田の選任教員という地位を守りたいだけだとは思いますよ
そのために笙野を使っているとも言える 404独り言a.k.a元祖御用一般人 ◆rI5oCip.d6 (ワッチョイ 1aac-YtL5)2019/07/14(日) 15:38:05.39ID:qKhb9Qq80
>>392
スレチだけど貴方の言ってる事は半分ぐらい正しくて半分ぐらい間違っている。
>そういう状況にはとっくにない、もはや文学賞なんて書店の販売促進イベントにもなりゃしねえ
もちろん往年の「徒弟的」文壇の性格は希薄化しているけど(ブンガク業界で今さら
師弟関係もないし)、それでも或る種の「人脈」的な共同体としての文壇はまだ生きてるよ。
だから渡部直己とかも結果的に守られたでしょ? 狭い「文壇」ムラの直接間接の顔見知り
の渡部を明確に「敵」に回したくないから。
だから陰で冷笑、でもオモテではほぼ言及せずみたいな事をしてる。
「擁護もしないが、明確な批判もしない」でも「いや〜内心では自分も渡部みたいな奴に
は困ったもんだと思ってるんですよ」と言えてしまう、ぶっちゃけ卑怯な立ち位置だけどな。
あと「新人賞⇒いずれは芥川賞・直木賞」という文壇内「出世」のコースだけはいまだに
生きてる。
特に芥川を取るとそれだけで収入が全然違ってくるから(受賞作の売り上げ、更にその後
の色んな文化人業・大学教授業・文学賞選考委員業など)、実利としてもみんな取りたい。 受賞理由って発明だよなwww
>「わたくし率 イン 歯ー、または世界」で示された稀有な筆力と思考力は、
>読むものに強いインパクトとショックを与え、まったく新しい日本語表現を
>見事に切り開いている。
>また、エッセイ集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」も
>小説と比肩する、疾走する潔癖さとでも言える豊富な内容を持っており、
>身体性と観念性をたくみに行き来するこの作家の魅力を裏打ちする。 ミスター@情況にインタビューされました
どんな愚か者な犯罪者にも発言権はあるということすら認められず、
セクハラ告発を批判すること自体をしてこなかった状況を批判しているのであって、
愚か者たる渡部直己を擁護しているわけではない。
この単純なことすら理解できない大バカものが賢しらに振舞っているのが現状の日本である。
左翼運動家には話の通じない人が結構いる。まあ右翼にもいたが、
左翼の方がしつこくイかれている印象がある。『情況』で話を聞いてくださった方はかなり大変そうだったね。
渡部直己の時も思ったが正直安倍政権を批判できる立場ではないと思うよ。
最低限の人権意識を持てないのなら自民と同じです。
物を書いて生活するというのは、ほぼ人脈とコネを作る仕事であって、
そんなものをやる暇があったら消費者でずっといたいというのがわたしの気持ちである。
東京で物書きをするというのは「政治家」になることとそんなに変わらない。
全否定では全くないが、しかし読んでいる方も書いている方も同業者で、
イベントが終われば登壇者が挨拶回りをしている風景をみていると反吐が出てくる。
文学的に過激で政治スタンスもリベラルな「反骨ライター」みたいなやつほど、
裏ではこの手の処世術をやっている文壇ゴロであったりする。結局それらは男子校生の反抗期となんら変わらない。
そもそも相手が本気を出して殴ってこない前提の甘えた「反骨精神」でしかないのだ。
まあ他方でツイッターで文壇やジャーナリズムのゴシップから陰謀論へと発展しちゃうタイプのことを書いている
頭のおかしい左翼とも付き合いきれないところはある。別に思想どうこう以前に人格的におかしい気がするからだ。
いじめられたかどうかは置いといて川上未映子よりも清水博子の方が面白い。
この端的な「事実」を証明するために今の原稿を書いている。
批評には歴史を改変する力があると僕は信じている。
もちろん生身を蘇生させることは不可能だしそんなことはする気もおきないが、しかしテキストを読むことはできる。
なによりも川上のくだらなさを露呈させることが僕のやりたいことだ。
2019年7月14日 それ誰が書いてるかわからんけど、そういう思考回路の限りゴシップの外に出ることはない >>824
>批評には歴史を改変する力があると僕は信じている。
というか歴史的「事実」と歴史は違う
いわゆる歴史とは歴史観であり、それは批評と極めて近い
いかし批評とは基本的に個人的立場から発信される
その「個人」なるものが確固たるものかどうかはともかくね
ただ批評家ほど党派的な人種が多いのも事実である
そして党派の論理が強くなると「個」が埋没してしまうわけだな
そして変わりばえしない業績と批評家という肩書だけが残る >>824
「愚か者たる渡部直己」と決めつけてる時点で読む価値なし >>781
一体いつのステロタイプを引きずり倒してるんだよ。せめて2019年の芝居を一本でも観てから書けよ。としか言いようがない。呆れる。
言うに事欠いて関連のないゴシップニュース引き合いに出してまで言うような内容かね。
本人の釈明が何より大事って、それじゃただの権威主義がいびつに変形してるだけなんだよ。ありがたがるのは勝手だけど、犯人の言い訳に大した意味なんかないだろ。
事件の詳細に知らないと判断ができない…なんて言ってやってることは出歯亀。外形的に事実を見て思考して判断すればいいだけじゃないか。
けだもの共にわざわざ「現状」を代表させるなよ。そもそも許されないから(程度が十分かは別にして)処分が下っているわけだろ。
今更演劇界/文学界に暴力/セクハラは必要ないんだよ。誰だろうとダメなものはダメ。個々の人間がきちんと批判すればよい。
名声やらなんやらを理由に例外を許してしまえば、結局しわ寄せがいくのは弱い立場の個人なんだから。
そんなこともわからない人間が「文壇や演劇界の現状が分からない。」?
わからなくて当然だろうね。わかる必要もないだろ。 過疎とはいえ古市が芥川賞候補でもこんなに荒れない文学板が全てだよ
乙一や金原綿矢同時受賞とか皆キレてたのにな
もはや義憤ではなく同情しかない 清水博子さんについて調べたら腹立ってきたから
面白いこと教えてやるよ
渡部の褒め言葉と貶し言葉(批評で言う激賞と酷評)を比較してみるといい
単語数に対する文学用語の登場率、カタカナ語、漢字なら画数、感情を表す語や形容詞の登場率
なにが言いたいかというと
激賞が平易で間抜けってこと
それじゃ仕事してないのがバレバレだから
重厚(笑)な酷評でバランス取ってて
偽アカデミック依怙贔屓野郎丸出しだから >>831
>乙一や金原綿矢同時受賞とか皆キレてたのにな
>もはや義憤ではなく同情しかない
芥川賞も空気になっただけだよ
権威がガタ落ちで関心もなくなった >>828
>「文壇や演劇界の現状が分からない。」?
わからなくて当然だろうね。わかる必要もないだろ。
フェチに逃げた能無しどもによる
自給自足の重要人物ごっこだからなw
現状なんて上等なもんねーよなw >>833
ネットって活版印刷並みの革命だったんだね
20年くらい前なら本人たちにしかわからない文章で大江批判してたみたいに
文壇政治批判にならない文壇政治批判で長くあやふやに食えてたんだろうけど
もはや村上龍も町田康もいらないくらいガス抜きになってる
このスレだけですでに文壇30年分の仕事してるよな >>835
話そらし誇大妄想おじさんが作品見ずに描いた手書きの雑な地図。 >>837
懇切丁寧に知り合いほめてりゃいいんじゃない?www >>837
早稲田くせえ音楽ライターみたいだからやめろwww
ほとんどが作品なんか見てないぞ >>837
おれが読んでるかどうかは関係ないんだな
よく読んでるはずの佐々木みたいな連中が
邦楽語るときのようにズバッと
またクズの一人称文学か、とか
町田康の女版すか、とか
文壇の陳腐なスターシステムを批判してないから問題なんだろ?
ほんとは小便かける価値もないサロンなんだ
有り難く思えよ >>840
なんとなくだけど、人生を楽しんでなさそうだね >>841
ええー?なんでそうなる?
佐々木はもっと楽しくなさそうな
くそどうでもいいロキノンフリーライターのクソ観察眼でトークショーまでやってんぞ
ほんとうに人生楽しくなさそうってのはchim ponとかと座談会しそうな雰囲気だしてる
あんな連中のことを言うんだよ >>841
まさか君スノッブ言論路線で飯を食いたい学生さんとかじゃないよね?
それだったら謝るけど
むしろリーマンショック前後あたりから文壇に感じていた違和感が結実して
こちらとしては答え合わせを楽しんでる感じだけど
一応復権まで見れたら見たいと思ってるけど
渡部の依怙贔屓がすでになんとでも言えるを体現してるから信頼は難しい
君は誇大妄想って言うけど誇大妄想は
ロキノンライター路線や仏文翻訳調でぺらぺら生きてるくせに
色々静観決めて沈黙してるスノッブ野郎どもだよ
ほんとうにずっと一大事なんだけど
文壇ごときに何期待してんのって言われたらその通りだから謝るけど 師匠の蓮實がすでに文学見捨てて表象文化論作ってたんだから、そりゃあ衰退するわな 表象文化論(Studies of Culture and Representation)とは、
「表象」(英: Representation、仏: Représentation)として現れる文化事象を、
分析し、考察する学際的な学問の一分野である。
日本においては東京大学が1987年に教養学部教養学科に表象文化論分科を設置したのが始まりである。
比較的新しい学問領域である。
「表象」representationという語は、人間が世界をイメージし、その行為を通じて表現されたものを指す。
「表象」に関する詳細はそちらの記事を参照されたい。
代表的な例としては、視覚に表現される絵画や写真、
あるいは視覚のほか聴覚や時間の感覚にも関わる映画、
あるいは触覚や立体的な空間認識が関わる彫刻、
あるいは文字という別の媒体を通してイメージに接続する文学(文字表現)、
さらには内部に入り込むことで全ての感覚に関わる建築など、人間のつくり出す様々なものが関わっている。
「表象文化論」の研究においては、「表象」という観点から、人間への理解を深めるものである。
表象文化論学会においては、次のように説明される。
「表象」という概念は、哲学においては「再現=代行」であり、演劇では「舞台化=演出」、
政治的には「代表制」を意味しています。表象文化論学会は、この「表象」という概念を、
さまざまな文化的次元の関係性の核を表わすキー・コンセプトとし、
文化的事象を孤立した静的対象として扱うのではなく、それが生産され流通し消費される関係性の空間、
すなわち、諸力の交錯する政治的でダイナミックな「行為」の空間の生成と構造を考察しようとするものです。
— 表象文化論学会、表象文化論学会「表象文化論学会について」 早稲田にも表象系の学科あるよな
人気などの内部事情はしらんが 群像だっけ?文学界だっけ?
ググんのもだるいけど、いとうせいこうの名前があって
あっ(察し)ってなったなw
文字通りの偽ガルシアマルケスってところで
せっかく文壇に巣食う早稲田閥の矮小化というか互助会の側面が割れたんだ
文句あるかも知らんが
細切れなだけで、こちとら話なんかなにも逸らしてないんだ
被害者の生徒さんが「俺の女」ってやつになってたら
どんなデビュー飾ってたか考えたくもねえや
海外作品や音楽やら他人様の領域はふんぞり返って
ぺらぺらぺらぺらと上っ面なぞったくだらねえあるあるネタと
かじりゃ誰でも言える分類述べるだけで仕事した気になってるのが
謎の沈黙で見てみぬ振りするんだろ? 恥ずかしげもなく邦楽あるあるでドヤ顔できるって
哀れなくらい60年代生まれのメンタリティーだ >>844
小説も「表象文化」であるってことわかっている?w >>849
表象文化「でも」あるんだよ
その御用学者の「あなた失礼ですよ」とか
勘違いの工芸師の「皇室御用達ですが」とか
市民講座で本質論投げられたときみたいに
レベルの違いを醸して黙らせるの恥ずかしいやめなよw
かえって不勉強が目立つだけだからwww >>851
ほらそういうの
頭悪いってどういうこと?
君が頭悪いと感じたなら頭悪いのかもね
じゃあその例えが正確かどうかだけ教えて >>851
その例えを頭悪いと感じるんだね
じゃあ堀江さん追放したら名誉が保たれると考えてる
組織の都合で動く連中についてはどう思う?
すでにセクハラは確定で
議論したら負けるからそんな単語に逃げるんでしょ
観察眼も問題意識もなく知識と立場しかない人間からなにいわれても平気だよ
オリンピックのパクりロゴのときも
「一般人はセンスがない」って言った多摩グラの阿呆がいたから
哀れなのはそっちだから はっきり言うけどね
渡部のセクハラがバレてなくても文壇は先細りなんだ
介護が墓守りになるだけだぞ
比喩が頭悪いと指摘されんのはまだいいんだ
指摘してどうしたいの?ってところで腹を立ててんだよ俺は
俺べつに早稲田の学生でも教授の飼い犬でもないから
口を慎めってメッセージとしては受け取らないからな?www 犯罪者を匿う大学早稲田大学
集団コピペ犯をかばい隠し人殺しをする大学早稲田大学 いるよいよ大喜利です、渡部直己先生は映画芸術至上で近々の民事裁判を予告し、
稲川方人苗にセクハラへの堂々の弁明(「映画芸術」7月末発売号)
市川真人(准教授)は笙野頼子を名誉棄損で、北原美那(早文編集長)は堀江敏行をパワハラで、すでに告訴とのうわさが。 おもしろそう。でも検索してたみたけど読んだ人の感想ゼロなのねまだw
まだ発売してないのかな 映画芸術
7/30発売!映画芸術468号。表紙は『火口のふたり』(8/23公開)の柄本佑さんと瀧内公美さんです。
荒井晴彦監督インタビューほか、『東京裁判』論考・原一男さん×小笠原清さん対談、
『タロウのバカ』大森立嗣監督インタビュー、追悼内田裕也、追悼萩原健一などを収録。
書店、映画館、Amazonにて販売です
https://pbs.twimg.com/media/EAUk7BPUIAEu8DM.jpg
2019年7月25日
ピエロ100%
映芸ェ
https://pbs.twimg.com/media/EAaHGk9UcAEAm51.jpg
「言い訳の狼煙をあげる媒体が映画芸術」というセンスに哀れを感じざるをえない。
2019年7月26日 文芸・ジャーナリズム論系で起きたハラスメントに関する手記 渡部直巳さんが罷免されたこと。
それはわかった。
芸能人でも犯罪をおかした場合は、活動停止を余儀なくされる風潮が強い。
今後、批評家としての執筆を出版社が依頼するかどうか……。
教育者としての成果がないのは、指導方法よりも指導を受けた側の生徒の卒業後の活動による問題も大きい。
全員が執筆して生活していくための行動を成果が出るまで何年かかっても続けていくとは限らない。
犯罪として民事か刑事かはともかく、大学を責任を取り辞任した。
そこまではわかった。
昔なら訴える生徒がいなかったってことなのかもしれないが。
教え子がチャンスをつかみ経歴を公表したとき、この問題によってどんな影響があるのかは気になる。 大麻とかで捕まったほうがはるかにマシだったな
セクハラは卑しく感じられてしまう
小物界の大物感というか で、渡部はどんな言い訳してたの?
訴えるって何に対して?まさか被害者じゃないだろうから大学? 渡部直巳の路地は解体した。今回の件で蝿の王ではなくなったけど、さて、秋幸はそのあとどうなったか。
物語では行方不明ですむけども、教え子たちはどうするべきか。 渡部さんのいいわけは聞きたくないですね。
起きてしまったことは、取り返しがつかない。
いっそ、オリュウノオバみたいに、そこにあるだけでよい、というしかないか。 女より後に生まれた人間が女になれというところがおかしい。 早稲田大学教授宮沢章夫のパワハラがこっそり処分され、隠蔽され、俳優への暴力がイベント手伝いへの暴力と嘘の報道まで
早稲田大は19日、大学主催のイベントの際、構内で学外関係者に暴力を振るったとして、文学学術院の60代の男性教授を停職2カ月の懲戒処分
にしたと発表した。
大学によると、教授は2018年9月、イベントの手伝いをしていた関係者の後頭部を3回、素手で殴った。大学職員がこれを目撃しており、
発覚した。大きなけがはなかったという。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019041900881&g=soc
YAMAZAKI Kenta
?@yamakenta
知らぬ間に処分が下されていた。大学の対応としては知りませんが(そして個人的には教育機関の対応としてもどうかと思いますが)、
稽古場で俳優を殴った演出家の名前を公表しないのは演劇に関わる者としては不誠実な間違った対応だと思います。
本人が事を公にすることに積極的でなかったとしても周囲の「良識ある大人」は何をやっていたのか。演劇界に対しても本人に対しても誠実で
あろうとするならばきちんとケジメをつけさせたうえで「再起」の際にサポートすればいいでしょう。
公演本番に向けて稽古中の俳優を「イベントの手伝いをしていた関係者」と呼ぶのも(当事者を特定されないための苦しまぎれだと思いますが
結果として)俳優を馬鹿にしている。そもそも「後頭部を3回、素手で殴った」のを「パワハラ」と呼ぶのも事態の矮小化。普通に暴行でしょう。 845で表象文化の話が出たけど、東大教授って、下手な翻訳が好きで困り物だな。
この表象は蓮實が作ったrepresentationの日本語訳だろ。
representationという語には14世紀以来の大幅な意味の変容があって、それを「表象」と
してしまったら、深い含蓄が消えてしまう。
だって、「表象」には日本語としての歴史も糞も全くないんだから。
「脱構築」も原語のまま、deconstructionデコンストラクションで良かった。
これらは所詮、インテリや芸術、文学好きらだけが分かれば良い用語なのであって、
日本語に翻訳する必要など全くない。ニューアカブームで調子に乗ったことが如何に
馬鹿げてたか。
由良の「脱構築」なんてヘンテコな訳語のお陰でデコンストラクションは日本では
流行らなかった。
「表象」なんて障害になる訳語のお陰で、表象文化論そのものが廃れていく。
まあ、representationの意味が変化した理由を言えるのは世界でもおれぐらい
だろうが。 脱構築って風俗業界古くはソープ最近イメクラの方がうまいんじゃない? 東大は東アンドロメダのこと座だよ。税制勧告しておくが。 西行 西家 は さそり座が大元。プレアデスが中継点だ。 星座主義を見ているとバイアスで星のことがよくわからない。 映画芸術の渡部氏によれば、事実経過は、報道されてきた告発者側の主張とかなり違うという
告発者側は裁判に訴えるようだから、そこで争われるのだろう
早く裁判始まんないかな コットンクラブでの件(本人はサイゼリヤだったかもしれないと言っている)については曖昧な言動なのが残念 しかし、渡部先生の反論が出て思うのは、いったいこの一年の大騒ぎはなんだったのかということだね
その成否を問わず、早く反論が出たらよかったのに
しかし、反論を掲載する媒体はなかったんだろうが 渡部問題はようやく動き出したな。
渡部セクハラ報道の発端になったプレジデントのサイトに創価学会をディスる記事が6月に出たけど、文壇や文芸出版関係にも相当な創価マネーが流れ込んでるだろ。
筒井康隆は創価学会や公明党と激しく対立したが、断筆宣言のきっかけは、柄谷行人らからの批判キャンペーンだった。柄谷は創価学会の出版する「第三文明」の有力な書き手で、単行本も第三文明社から出してる。
佐々木敦や渡部直己は創価信者ではないかもしれないが、創価に好意的な方だろう。
佐々木や佐々木と親しい女の書評家らの毎日新聞へのゴリ押しとか、創価マネーが背景にあるからではないか?
まともなライターや出版社なら、創価学会と一切関係を持ってはいけないんだよ。
創価を攻撃しないと文学は活性化しない。
筒井が正しかった。 創価は反社。
宮迫の反社との付き合いを叩く奴は、文壇の反社=創価学会との付き合いを叩かなくてはいけない。 人間革命を読んでるのに今の公明党に投票するのは意味不明だよな。多くの創価学会員は結局何もわかっちゃいないって事なんだろう。人間革命読んだことないけど。 それ言ったら福音派がトランプ支持もおかしいからな
もう少し賢くなれよ まあ、創価学会員が日蓮宗や法華経を分かってない。
元々、日蓮宗は偶像崇拝の要素の少ない仏教諸派なのに現代の分派である創価学会は池田大作を極度に崇拝する。
池田大作が死んでることをひた隠しにするのも、偶像崇拝の駄目な所だ。 猫飛ニャン助
シティズンシップとしての自由を主張しながら、
それが実はアイデンティティー・ポリティクスたる利権の擁護となっているという
(実はありがちな)事例に身近に接して、呆然としている。綿野恵太の著書の読後のこと。
2019年7月29日
鳩/heartdark
「映画芸術」の渡部直己インタビュー読んだ。渡部の言い分はわかった。
事件の背景には早稲田文学部の改組があるようだが、
出身者の私にも今の文学部については全くわからない。詳しい人の解説を待つ。
2019年7月30日 >>881
主張したいことがあったらいくらでも場を作れる。
どうしてネットで自ら発信しないのかね?
新聞だって週刊誌だっていくらでも場は作れたはずだ。
渡部事件(笑)の本人が反論するってことならどこだって「どうぞどうぞ」となるはずだよ。
なのに映画芸術(笑) そもそも処分くだる前に報道に対して
公的に反論しないと
言論人とは思えないいい加減さ >>890
記者会見くらいやるべきだったよね。
本当に反論できるのならね。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています