>>944
>愛は性欲の発露、と言ってしまえば身もふたもないが、フロイトはほぼそう考えた。

そこから結婚に直結するわけではない
性衝動が「愛」に昇華されるまでは文化的プロセスがある
ウユダヤ・キリスト教なら性衝動→性愛(異性愛)→男女の結合→生殖
ということで神の定めた摂理ということで合理化される
それで単なる男女間の結合が神の法によって承認される

たとえばフロイトとほぼ同時代のユダヤ系思想家であるジンメルは
性愛が起源であるがそこから精神的なものへと独自の進化を遂げた
ということを愛をめぐる断想で述べているよ
こちらはプラトン風のエロス論の影響が強いけど