使用お題『擬人化』『鯖缶』『猫娘』

 古来より、大切に使い続けてきたものには魂が宿るという。いわゆる付喪神である。
 また、長い年月を重ねた猫は化け猫になるとも言うけれど……。
 だからって、その二つが合わさるのは如何なものかしら?

 目の前には、猫耳を生やした少女が大あくびをしている。裸であることに頓着もせず、大きく開けた口からは、艶めかしいまでに鮮やかな赤い舌をのぞかせている。
 目じりに涙を浮かべた瞳は琥珀色。肌は白人のように白く、髪も同じく白い。いや、髪は銀色であるようだ。

 急に現れたこの猫娘が座る場所には、元々先々代の頃からの招き猫が鎮座していたのだ。
 それが急に発光したかと思うと、猫娘になった。……言葉にすると私の頭がおかしくなったようだけど、事実だ。私は確かに、その一部始終を見届けたのだもの。
 呆ける私に、猫娘は自分が付喪神であり化け猫であるとのたまった。そうして今に至る。

「はわわ〜。……にゃ、にゃ! それでご主人、あちきから話が……「待って」……にゃ?」
「まず服を着て」

 私の名は佐倉真尋。当年とって29歳16カ月。先月、先代である父が亡くなったのを受けて、祖父の代から続く本屋『二風堂』の店主となった。
 別に継がねばならない大店でもあるまいし、店を畳むという選択もあったが。会社勤めに辟易していた私は、これ幸いと会社を辞めたのだった。
 本屋なんて楽な仕事でしょうと、ずいぶんと舐めたことを考えていた。実際、業務内容は楽すぎた。何せ、ロクに客が来ないのだから。
 今どき、地域密着型の個人経営の本屋なぞ流行りもしない。閑古鳥が鳴くのも、冷静に考えれば予見できたろうに。
 楽がしたいとはいえ、生活がままならないレベルで稼ぎがないのは頂けない。さて、どうしたものかと悩んでいた昼下がり、奇怪な事象に見舞われることになったのだ。

「で? あんたは付喪神で化け猫だって?」
「付け加えるなら招き猫でもあるにゃん!」
「ダウト! 招き猫はダウト!」
「ダウト? にゃ?」
 猫娘は、はてなと小首を傾げる。新雪を思わせる長い髪がさらりと流れた。
 ……古風な妖怪変化の類に横文字は通じないか。ただ、これが招き猫でないのは間違いない。だって、事実この店に客も福も招いていないではないか。

「……まあいいわ。で、どうやったら元の置物に戻るの?」
「にゃ、にゃ!? 折角長年かけてこの姿になったのに! それは駄目にゃ!」
「何でダメなの?」
「この姿の方が店の為に色々と助けになれるからにゃ!」
「助け〜?」
 私は胡乱気な目で猫娘を見やった。
「あんたが何の助けになれるって?」
「えっと、か、看板娘になって頑張るにゃ!」
「看板娘……看板娘か……」

 私は改めてまじまじと猫娘の顔を観察する。ちょっと見ないくらいに整った容姿。その上猫耳……。使えるかもしれない。
 店内を見回す。……例えば、品ぞろえを一新する。そう、ラノベ一色に。美少女猫耳娘が看板娘のラノベ専門店。……伝説が始まるわね。

「嬉しいわ! 是非店の為に頑張ってね!」
「本当かにゃ!? ご主人!」
「ええ、本当よ。これからよろしくね」

 そう、これからよろしくね。末永く扱き使って上げるから。何せ、人と違って妖怪変化の類に労働基準法は適応されない。つまり給料はタダだ。
 そこまで思いを巡らせて、はたと思い当たる。無機物から生もの(?)にクラスチェンジしているわ、この娘。
「……あなた、何か食べたりとかするの?」
「一日三食、毎食鯖缶を一缶欲しいにゃん!」
 鯖缶……安いのなら一缶数百円くらい? 三食でも千円を超えるかどうかかしら? それを日当と置き換えると……。
「鯖缶くらい安いものよ! 一緒に店を盛り上げましょうね!」
「にゃん!」

 はははっ、これは面白くなってきたわ。まだ二十代の女店主と、猫耳娘の本屋さんね。
 まるで童話か、お伽噺みたい。きっと、ハートフルな毎日が待っているでしょうよ。ふふふっ。
 私は未来への希望を胸に、にやりと……いやいや、にっこりと微笑んだのだった。