雪は荒れ狂う海面をこするようにして、聳え立つ崖に激しく吹きつけていた。時折断崖の上に斜めにせり出していた積雪が、
凄まじい轟音と共に一気になだれ落ちる。その度にこの島全体が揺れるような錯覚を覚えた。

「ご安心下さい。貴女様の周囲の温度は20度、湿度は50%に保っております」山道の先を歩きながら神主の男は言った。確かに私の半径5mの半球状空間に雪は侵入していなかった。
融けもせず消滅する。組織を抜けてから色々な異能力者と関わってきたが、かなり珍しいタイプだ。
「素敵な能力ですね」「ただの傘代わりですよ。でもまあ、2万年の伝統を誇るお家芸ですね」神主は淡々と答えた。

山道は鳥居に差し掛かった。その先に神社がある。佇まいに日光東照宮を思い出す。
「立派な神社ですね」「建て変えの度に豪華になりまして。先祖がミーハーですと困ります」

私たちは神殿に至った。ご神体は仏像に近い。高さは2m。広げた腕が左右3本ずつの合計6本。こちらに背を向けて、錐体に心臓部を貫かれた上体を前に傾け、
脚を一歩、大きく前に踏み出している。一糸纏わぬその筋骨は隆々としている。肌は夏に繁る葉を陽で透かしたような緑。
私はその前に回りこむ。像に鼻と口はなく、代わりに大きく開く瞳が左右縦に3個ずつ並んでいた。
「準備ができたら言ってください。封印はいつでも解けます」「私も大丈夫です。いつでも戦えるように設計されてますから。この体」答えつつ、私は半身の構えを取った。

『彼氏が最近冷たい。私は変わらず恋をしているのに。誰かこの恋の行方、占ってくれないかな』何気なくツイッターで呟いたのが2日前。
宇宙言語をアルファベットで書いたから誰の返事も期待をしていなかった。そもそも解読のしようが無い。
が、返事が来た。日本海の孤島の神社で神主をやっているという男からだった。『お手伝い頂きたい難事があります。成功の暁には、占ってさし上げます』
興味が湧き、詳細を伺う。
……神主の一族は島で男女の御神体を祀ってきた。男は島の南の社、女は北だ。祀り続けた期間はおよそ2万年。男女は半時間停止状態の異星人。反物質刑を受けている。
反物質刑とは宇宙刑罰の一種だ。主に夫婦に対して行われるらしい。体細胞を構成する原子を置換し、お互いが接近すると対消滅をするように変える。
この時原爆200万個分のエネルギーが発生し、本州が吹き飛ぶらしい。神主の一族はその制御のために改造、設置された現地人だそうだ。
宇宙と地球のメンタリティ的な壁にもやもやした物を感じる。

半時間停止の前に男女は致命傷を受けている。ただし封印が解けるとどうなるか分からない。何せこの状態でも、男神は2万年で300mほど女神方向に進んでいる。
恐るべき意志である。しかも神主の一族も血が薄れ、制御の力が弱まっている。だから神々の処分、つまり戦闘を手伝って欲しいという。私は恋に悩む乙女心のために了承した。
 
戦いは1分に満たなかった。だが濃密な時間だった。女神方向に駆けようとする彼を留める為に、かなり高度な打撃戦を展開。この末これを封殺し、男神は塵のように崩壊した。
神主が錐体を抜いた胸から彼が紫の血を大量に出していなければ危なかった。が、勝利は勝利である。
続いて北の社に向かい女神を眼にする。美しいエメラルドと、6つの大きな瞳。
小柄だがしなやかな体つき。喉に錐体が突き刺さっている。
3組の手を組み合わせ、膝まづいている。神主が彼女から錐体を引き抜き時を解放。女神は錐体の刺さった喉笛付近から、大量の紫の血を迸らせ、天を仰いだ。
肩付近の両手を天井に向けて振り回す。血に濡れた胸付近の腕を背に回す。一番下の両腕で空を抱く。
  
それは奇妙な動きというより舞踊だった。この種類の宇宙人の精神構造は分からない。が、確信した事が1つある。彼女の踊りは、彼への愛の叫びだった。
しかしすぐにその舞いの力も失われ、彼女は男神と同じように崩壊した。
「終りましたね」「はい」「伝承によると、2人は……」「?」
「知らされていなかったそうです。反物質処置を受ける前の、お互いの状態を。ただ分かたれて錐体に貫かれ、とても長い時を」「停止させられた」「はい、そういう刑罰ですから」
神主の声には感傷の響きがあった。まあ、そうだろう。2万年はとても長い時間だ。
 
彼は改めて、こちらに向き直った。
「では、お約束のとおり、貴女の恋を占いましょう」
この時、私の中に少しだけ戸惑いが生まれた。気おされたのだ。それは神々が想い合ってきた永い、とても永い時間に。