>>285-287
先生と布団のプローログ
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 九年間住んだ部屋はいまや空っぽだった。
 八畳一間の中央に彼は腰をおろしてみた。机と本棚とそのまわりに積みあげた本が
なくなれば、意外に広く感じられる。彼が入居する前にリフォームしたという
フローリングの床は、大部分が本で隠れていたせいか、入居当時のまま木目も鮮やかだ。
 彼はライトノベル作家で、筆名を石川布団といった。
 二〇〇九年にデビューして、その後細々と本を出してきた。細々といっても商業出版では
あるので、一度に何千何万部という数の本が世間に流通する。
(いや、何万というのはいいすぎたな)
 彼は背を丸め苦笑した。
 引っ越すに当たって、敷金はちこと帰ってきた。管理会社の男には
「猫ちゃんを飼ってらっしゃっだのに壁紙とかずいぶんきれいですね」といわれた。
 彼は猫を飼っていたわけではなかった。ただ猫とともに暮らしていた。
 その猫は特別たった。壁で爪を研いだり、おしっこをひっかけたりするようなことは
決してなかった。
 家に猫がいる者ならたいてい「うちの猫は特別だ」という。
 だが彼とともにいた猫は本当に特別たった。
 九年間、小説を書くときにはいつもそばにその猫がいた。その猫がいなければ
小説なんて書けなかった。
 本のあとがきで名前を挙げて謝意を表したことはない。だが確かにそうなのだった。
 その猫ももういない。
 窓から射しこむ三月の陽光に白い猫の毛が舞っていた。掃除はしたはずなのに
どこに残っていたのだろうと彼は手を伸ばした。白く長く柔い毛は彼の指先から
逃れるようにふわりと浮いて、陰へと溶けていった。
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 冒頭は、主人公から見える部屋の風景を、心理を交えて描写してるじゃん?
 どんな風景か映像としてイメージできるんじゃないかな。
 
 次に、ライトノベル作家が前に来て、筆名の石川布団が出てきて、
 彼が何者なのか語られるわけだね。
 
 その後は、キーになる猫が、キャラにとってどれくらい大切なものか
 説明されていて、後段の情景描写は、愛猫に対する主人公の心理が投影
 されているわけ。喪失感だね。
 忘れたくはないけれど、もうこの世にはいないという感じかな。

 第一章は、作家としてどんな本を書いて、どんな感じだったのか具体的に書いていて
 作家として限界にあることが、枚数をかけて丁寧に説明されている。

 ストーリーどうこうじゃなくて、その場面における、情景描写や心理描写が
 きちんと書けているから、面白いんだよねー

 自分で書いたものは、なかなか客観的に見れないので、自分の作品の
 情景描写の部分や心理描写の部分に、赤線や青線を引いてみるといいよ。