>>339
 魔王の女に、“別れる”という概念はないのだ。たとえ、愛子自身が嫌だといっても、ハジメが逃がさない。たとえ、どんな事情があろうとも、だ。
 別れる可能性がありながら、最愛以外の女を受け入れるなどあり得ない。それが、非常識で最低な、複数の女を囲うというハジメの最低限のけじめだ。
 受け入れるのは、互いに一生を捧げる相手のみ。
 故に、愛子が、倫理だの、常識だの、そんなもので悩んだところで無意味なのだ。もう、愛子は、魔王にその身も心も捧げてしまったのだから。
 所謂、魔王様からは逃げられない、というわけだ。

「分かっているな?」
「……はぃ」

 たった一言。ハジメに問われて、愛子は、あっさり陥落した。顔を真っ赤にしたまま、コクコクと頷く。
 そこへ、太一が厳しい視線を、未だ、愛子を羽交い絞めにしたままのハジメに向けて口を開いた。

「……君。愛から離れるんだ。君は、察するに愛の生徒だろう? 君はまだ学生だから分かっていないんだろうけど、君の存在は愛を苦しめるんだ。気持ちだけでどうにかできるほど、世間は甘く――」
「ご忠告どうも。ただ、良識ある大人を気取るには、手順を間違えすぎだな。人の女に手を出している時点で説得力は皆無だ。愛子の幼馴染でなければ、犬神家にしてるところだが……まぁ、今回は大目に見てやる。愛子のことは諦めて、適当に嫁さんでも探せ」

 年下の、それもまだ学生の男から、ずばりと言い返されて、太一は口をパクパクさせる。そして、青になったり、赤になったりと忙しない顔色のまま、ハジメを怒鳴りつけようとして、

「やぁんっ」
「っ!?」

 愛子の上げた嬌声と目の前の光景に絶句した。なんと、ハジメが愛子の浴衣の胸元に手を突っ込みまさぐっているのだ! なんという所業! まさに悪魔の如し!
 ハジメは、ひょいと愛子の胸元からネックレスになった指輪を取り出した。家族も同然の幼馴染の前で、恥ずかしいことをされた愛子が、涙目+上目遣いで睨むが、そんなものは柳に風と受け流す。

「既に、言葉でどうにかなる段階は過ぎてることを理解してくれ。この通り、愛子は恋人というより、もう、俺の嫁だ。身も、心も、俺が貰った」
「おま、お前っ」

 セリフが完全に悪役である。どう見ても、幼馴染を取られた優しく誠実な青年と、横取りした悪い男の構図だ。愛子のセリフは、やっぱり「やめてっ、私のために争わないでぇ!」だろうか。
きっと、そんなことを言った瞬間、ハジメの愛のアイアンクローだろうが。

 爆発しそうな感情と共に、ハジメを責め立てようとした太一に、ハジメは冷めた表情で言葉を叩きつけた。

「自業自得だろう」
「なんだとっ」
「あんたには、俺にはない強力な武器があったはずだ。幼少期から過ごした愛子との時間や生活環境、成人してからだって顔は合わせていたんだろう? 愛子と想いを交わすチャンスはいくらでもあったはずだ。
だが、あんたは全て見逃した。言い訳はするなよ。あんたは、愛子の心が俺に向く余地もないほどの、“帰る理由”になれなかった。なろうとしなかった。その結果がこれ。それだけのことだ」

 正論だった。奪われた――なんて、とんだお門違いだ。誰よりも愛子に近い位置にいながら、共に歩むための戦いをしなかった。だから、いつの間にか、手の届かない遠くにいってしまった。それだけのことだった。

ダークファンタジーだわ