空に憧れた。だから、子供心にパイロットを夢見た。
 その夢は成長しても褪せることなく、免許取得可能な年齢に達すると、小型飛行機の免許を皮切りに次々と免許を取っていた。
 何物にも縛られず自由な空を飛びたかった。飛べると思い込んでいた。
 でも今僕は、軍の命令で戦闘機に乗っている。

 20xx年、ついに中華バブルが弾け飛び、第二次世界恐慌が巻き起こった。
 どこの国も綺麗事を吐くことも出来ず、自国を何とか生かすことに苦慮した。他国との協調など夢物語と化した。
 そこに、かねてからあった宗教・人種問題、資源問題、南北問題など貧富の格差、それら燻っていた諸問題が覆いかぶさって、火種は大炎の業火と化した。
 ここに人類は愚かにも歴史を繰り返す。世界は、第三次世界大戦へと突入したのだ。

『マスター! 回避! 指定座標9612337!』

 戦闘機搭載AIシステム『ハ6号』、通称『オーガニック』が警告を発する。何故オーガニックかというと、開発主任が無類のオーガニック狂で有名だからだ。
 何でも、口に入るもの手で触れるもの、その全てがオーガニック製品でないと発狂するという変態博士だそうな。

「指定座標9612337、ラジャー!」

 僕はオーガニックの指示に従い操縦桿を傾ける。
 ――昨今の戦闘機の事情に明るくない人なら、何故人力で戦闘機を操縦しているのか? そう疑問に思うかもしれない。
 高度に発達したAIによる自動操縦の方が、人の操縦より優れている。それは厳然たる事実だ。
 だが、オーガニックには、その演算能力のほぼ全てを費やして専念してもらうことが他にあった。

『マスター! 敵機体への浸食率56%! 当機に対する浸食率62%!』
「ちっ! 押し込まれてるな……早く決着を付けないと!」

 敵国のAI開発者、オーガニック博士のライバルたる博士、そのコードネーム(本名は不明)はクラッキング博士。三度の飯よりクラッキングが好きだという困った御仁だ。
 クラッキング博士は何を血迷ったのか――『敵機を墜とさずとも敵機のAIを乗っ取ればよくね?』と思い至り、実際にそれを実行した。
 なので、AIが戦闘機を操縦する格闘戦は終わりを告げ、AIは専らクラッキング合戦に終始することとなった。
 でないと、一瞬でクラッキング博士のAIに自機を乗っ取られ、一巻の終わりとなる。だからこそ、前時代的なパイロット操縦の時代が舞い戻ってきたのだ。

 敵機の放ったミサイルが近づいてくる。操縦桿を握る手が汗に濡れている。そんな折、カチリと何かが嵌るような音を聞いた気がした。
 それは戦闘機乗りの勘としか言えないものが働いた瞬間であった。即座にその勘に従って操縦する。
 俺の操縦する機体は、敵機の攻撃を回避するとともに、曲芸じみた飛行で自機有利のポジションを取る。

「ッ! ここだ、オーガニック!」

 人なら確実に仕留めるのが困難な僅かな隙。しかし、オーガニックならコンマ000000001秒に満たぬ合間に決定的な攻撃のトリガーを引ける。
 例え、クラッキング防衛に割いていた演算をいくらか回しても、クラッキングを許す間もなく敵機を仕留めるだろう。
 事実、俺が叫んだ直後には、敵機はその機体から爆ぜるような火の粉を吐き出していた。

『敵機撃墜を確認! やりましたね、マスター!』

 そんな甲高い電子音が機内に満ちる。僕は黒煙を上げながら地に墜ちていく機体を見送ると瞼を閉じた。
 ――また生き残れた。いつまでこうしていられるだろう?
 安堵と不安に胸が一杯になった。


「……というのが僕の日常でした」
「そうですか。それは大変でしたねー」

 そう軽い調子で答えると、白衣を着たお姉さんは何やらさらさらと書き込む。――書かれた文字は、『重度の精神疾患 厨二病ステージU』と読めた。