遥か昔、清少納言の時代、女の子は12歳で結婚するのがざらだったらしい。
20を越えるといかず後家。つまり平安の価値観からすると22の私はいかず後家だ。
まあ、これは嘆くところではない。悲しむべきは赤ちゃんを宿す場所がガンになってしまったことだ。じい様ばあ様なら十分
間に合う所を、若い?私は手遅れなそうで。若いからガンもお盛んらしい。
「優子、胃がんじゃなくて良かったじゃない。ご飯食べれ……むぐ!」
「ふっざけんなあああああ!子宮がんを子宮けいがんと間違われる身にも
なってみろおお!やりまんとかいわれて泣けるわあああ!あたしゃ処女だ!」
見舞いにきた夏海のふくふくとした口に饅頭を押し込みながら、私は叫んだ。
夏海は目を白黒させ、その視線は私の背後……。
恐る恐る振り返る。イケメン先生。帰国子女。イギリスの大学を飛び級で
卒業。同い年なのにもう研修医の筧先生が、呆然としていた。
私の顔面はボッっと爆発した。声が大きすぎたのだ。筧先生はばつが悪そう。
夏海は饅頭をごくっと丸飲みして立ち上がり、彼に挨拶をして出ていった。
見捨てられた気がする。はあ、女の友情なんてこんなもんか。人間結局は独りだ。
「調子はどうですか」
「テレビ出演おめでとうございます。今度生中継で取材はいるんですよね
72時間テレビ。実況熱血天才医師」
「ああ、ええと、はい」
「中継楽しみにしています」
無理やり話題を変えた私は、やっぱり無理やり笑顔を作り、
先生ははにかんでくれた。嬉しいがちょっぴり悲しい。取材は3カ月後。
私の余命もそれくらいで尽きる。テレビなど見ている余裕はない……かもという予想は不幸な事に的中した。

取材日、色々と朦朧としている私を夏海は見舞った。取材の事を色々と
話していたのは夏海だ。ゲンキンな奴。私にお構いなしに饅頭を
「景気付けよ」と頬張り、テレビをつける。
筧先生が出ている。
私は嬉しくなった。が、彼の回診ルートから、私は外れている。絵が
悲惨過ぎるらしい。「じゃ、テレビ見ててね」
夏海は立ち上がり、ドアに
向かう。後ろ姿に私は不安になった。
あの馬鹿、筧先生とテレビに映ろうとするんじゃ。
『はい、こちら中継です。筧先生、本日は、え、あ、ちょっと困ります!え?』
『優子!観てる?はいこれ、先生、カメラにどーぞ』
『僕は……』
『腹くくれやごるああああああ!』
『はい』
リポーターを襲ってマイクを奪った夏海は
筧先生にカンペを持たせた。
カンペには、
『優子さん、愛しています』
と書いてあった。私は大笑いした。口を真一文字に結ぶ
筧先生は普段のイケメンからは程遠く、夏海は
あの馬鹿は
彼の真後ろからVサインをして
丁度先生にウサギの耳が生える……ようにしていた。
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。筧先生も夏海も。
おそらく私も。笑い過ぎて意識が遠くなる。
ちょっといつもと違う遠さだ。
これが、終わり、なのだろう。
私はホワイトアウトする視界に、『じゃあね』と呟いて、眠りについた。