ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【84】
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40点〜59点 物語性のある読み物!
60点〜69点 書き慣れた頃に当たる壁!
70点〜79点 小説として読める!
80点〜89点 高い完成度を誇る!
90点〜99点 未知の領域!
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ここまでの最高得点は76点!(`・ω・´) 福田寺での信玄と丙三の永劫の別れ 試案
一月三日、我が軍は野田城へ向けて進発した。
大した損害を被る事無く、地元の国衆を味方に付け、兵力を増しつつ京へ向かいつつあった。
日々増える我が軍の勢力に心強さを感じた。
荷駄隊を含めると行軍の距離は一里にも達した。
まるで木曾の連山を見るが如き壮大な光景であった。
我が軍が雪崩の如く襲い掛かれば、信長が数を頼りに大軍を擁しても、一撃で薙ぎ倒すであろう。
三方ヶ原では勇猛果敢な参河武士を蹴散らした。
それよりも遥かに弱い信長の兵など女子を相手にするようなものである。
甲洲兵一人で信長の兵を十人は斃せるのではないかと値踏みをしてしまう。
物見によれば、野田城に籠る徳川勢は五百余りであった。
城将は菅沼定盈とのこと。
小さな城であったが、縛り付けるように厳重に囲み、蟻一匹出る隙間を与えなかった。
三の丸、二の丸、本丸と連なり城の両側は沼地で覆われ天然の堀となっていた。
総攻めをすれば一日も持たず落せるであろう。
だが、犠牲を嫌う御屋形様は城方と根競べをした。
城方は意気軒高で鉄砲を撃ち掛けてきたりする。
水の手を切らねば落とせる気配がない。
こうなれば、腰を据えて臨むしかなかった。
包囲する側である此方は、暇である。
軍中での賭博は御法度であったが、黙認した。
そうでもしなければ、武功を挙げられないと不満が募るのである。
交代で五町離れた豊川で魚釣りをしたりして、少しでも憂さを晴らさせた。
半月ほど経った頃、山県様に呼ばれた。
誰も居ない森の中で衝撃的な事を告げられた。
「丙三、心して聞け、御屋形様の病状が重い」
拙者に雷の如き衝撃が走った。
御屋形様が御病気とは露ほども思わなかった。
「となれば、我が軍勢如何なる事になりまするか」「分からん。だが、御屋形様の事が全軍に知れれば士気に関わる」 山県様は眉を顰めながら言った。 「病の身では全軍の指揮は誰が執る事になりましょうや」
「御屋形様の代わりなど誰も務められん、今は逍遙軒様が本陣に居て身代わりをしておる有様じゃ」
「拙者に斯様な重大な事を」
「御屋形様の命でな。丙三に伝えるようにと言われたのじゃ、もしもの時は連れてまいれと」
この時、拙者の如き軽輩の者を呼ぶのだろうと訝しく思った。
城攻めは拙攻する事無く、二の丸と本丸の間を甲斐から呼び寄せた金堀衆に坑道を掘らせた。
水の手を断ち敵が音を上げるの待つ作戦だ。
竹束で守られた金堀衆が昼夜を問わず坑道を掘り進めていく。
城方からは激しく鉄砲が撃ち掛けられたが、数日経つと止んだ。
玉薬が尽きたか、それとも決戦に備えて撃たないのか。
拙者達の組も土を運ぶのを手伝った。
泥だらけになりながらも、作業は進捗し五日ばかりで水の手を断ち切る事に成功した。
二月十日には菅沼定盈が降伏を申し出て、野田城は落ちた。
だが、我が軍の士気は上がらなかった。
この頃になると、御屋形様が病気であるとの噂が広まり始めていた。
二月十一日、全軍を整え長篠城に向けて進発した。
京への道ではなく、信濃へ戻るのであろうか。
手勢の意気は上がらず、足取りも重かった。
長篠城に着くと拙者達は近くの村に厄介になる事になった。
数年後、此処が織田徳川との激戦地になろうとはこの時は思いもよらなかった。
村人は快く迎えてくれ、暇さえあれば焚き木拾いや子供の相手をして過ごした。
「兄者! 何時までここに居るん」
兵伍が聞いてきた。
「分からん。御屋形様の具合が良くなれば再び西へ向かうだろう」
四月六日、全軍は長篠城を出発した。
願いも虚しく、歩みを西ではなく北へ向ける事になった。
暗い雰囲気の漂う行軍は甲斐ではなく、西方浄土への旅の如く思えて仕方がなかった。
御屋形様の病状の詳細は知らないが、山県様の日々落ち込んでいく表情を見れば重い事は察しがついた。
二日ほど掛けて七里程北にある、田口と言う場所で全軍の歩みを止めた。
民家も殆どなく、数軒程の農家があるくらいである。 田口には福田寺という臨済宗の寺があり、御屋形様の宿とした。拙者達は野営の準備をした。 三月に入り暖かくなり、夜も底冷えするほどではない。
大鍋で飯と味噌汁を拵え、煌々と燃える篝火の下で夕餉をとった。
燃え盛る篝火とは対照的に全軍の士気は今にも消えそうである。
それはそうであろう、徳川を蹴散らし、次は織田と雌雄を決する大戦と思っていた矢先にこの出来事である。
夕餉を食べ終え、一杯飲んでいる所に山県様が拙者の下にやって来た。
「丙三、御屋形様が御呼びだ」
山県様の意気が少し上がっていた。
急ぎの赴きなのであろうか。
「拙者をで、御座いますか」
「左様。付いて参れ」
急ぎ足で寺に向かった。
寺の庫裏の一室に案内された。
そこには御屋形様が床に臥せられ傍らに侍医の御宿監物が控えていた。
細面で切れ長の目で団子鼻、口髭を蓄えている。
威厳のある所を見せたいが為の髭であろうか。
まだ若く三十前と言った所であろう。
漢方や医術に精通しているとの事。
御宿が伏せている御屋形様に耳打ちをした。
御屋形様は御宿の手を借りながら起き上がった。
「おお、丙三、よう参ったな」
御屋形様は擦れた声で拙者を出迎えてくれた。
拙者は深々と頭を下げ、
「一日も早く回復される事を祈っております。そして、上洛を」
と申し上げた。
「うむ」
と頷き、力なく答えただけであった。
「山県、御宿、此処は二人だけにしてくれないか」
「御屋形様、それでは……」
御宿が動揺した。 「儂の達ての願いじゃ」
「承知仕りました」
そう言うと、御宿と山県は部屋を後にした。
「さて、お主と儂だけになった、黄泉に旅立つ前に明瞭にしなくてはならぬ事がある」
先程の擦れた声ではなく、力強いものに変わっていた。
「明瞭とは」
「源助の事じゃ」
その言葉を聞いた瞬間、拙者は雷に打たれたような衝撃を心に受けた。
拙者の源助への思いが見破られたのかと頭を過る。
「源助は丙三の事を好いておる。其方はどうなのじゃ、咎めは致さぬ、約束する」
「其れでは申し上げまする、拙者は源助を女子として好いておりました」
御屋形様は瞑目し、
「矢張りそうであったか」
続けて、
「それで其方が出仕の誘いを断ったか納得した。武田家には従うが、儂の直臣になるのが嫌だったのだろう、違うか」
「左様で御座いまする。武田家には父の代よりの恩義があり、御屋形様にも並々ならぬ御恩があった事は承知しておりますが、
男子としての一分として、直臣になる事は敵に従うのと同じと考えて居りました」
「儂が其方と同じ立場であれば、斯様に言うであろうな」
懐から懐紙を取り出し、口に当てて咳き込んだ。
蝋燭の火がその懐紙に吐き出された鮮血を映し出した。
「御屋形様!」
「大事無い、儂は労咳じゃ、長くはない。故に其方を呼んだのじゃ」
「申し訳御座いませぬ」 「何を謝る必要があるのじゃ、其方は勝ったのじゃ、そして儂は負けた」
御屋形様は穏やかにそう語ったが、拙者に対する怨念を感じた。
「儂は女子として源助を好いていたのじゃ。国主の力を使って然るべき地位を与えたが、心は奪えなかった」
「源助は御屋形様の御恩を有難く思って居るのではと」
「いや、憎いんでさえおったかも知れぬ。源助は何度も隠居を願い出て居った、だが、お主の様な優れた家臣を手放す訳には参らぬと断り続け、身体も求めた」
拙者は一瞬、怒りが沸騰し差している太刀の鯉口を切った。
「儂を斬るのか。討ち果たされても仕方がない身じゃが、其れでは其方が成敗されてしまう、幾日も持たぬ命じゃ、暫し待て」
御屋形様は苦笑いを浮かべた。
御屋形様は死を前にして己の罪悪を拙者に告白している。
寧ろその心掛けは立派ではないか。
病を患っている者を切って如何する、それこそ卑怯ではないかと自制心が働いた。
そして、己の短慮を深く恥じた。
その表情はまるで、源助の心まで奪えなかった己の醜さを笑っている様にも思えた。
「源助は申しておりました。此度の上洛が叶った暁には隠居を申し出て、拙者の嫁になると」
「斯様に申しておったか。年老いても変わらぬ其方への思い、憎いくらいじゃ」
「拙者も御屋形様を憎んで居りました」
「お互い様じゃのう、だが其方にとっての邪魔者は居なくなる」
御屋形様は自嘲しながら言った。
「男として憎んでもおりましたが、国主としての御屋形様は別儀に御座います」
「其れは分かっておった。見境もなく儂を憎んで居れば、他国で仕官していたであろう」
拙者は無言で頷いた。
「甲斐国主として、これまで死を賭してよう戦ってくれた其方に礼を申さねばならぬ」
「御屋形様、拙者如きに勿体なきお言葉で御座いまする!」
その言葉を聞いた時、拙者は全てを赦そうと思った。 国主でありながら、自らの過ちを認め、これまでの感謝の思いを伝えて下さった。
永劫の旅路を前にして御屋形様が拙者を呼んで頂いた事に目頭が熱くなった。
「丙三、何を泣いておるのじゃ。これで儂は私事に於いて思い残す事はない」
其方ではなく、丙三と名前で呼んでくれた。
これを聞いた瞬間、お互いの蟠りが氷解したのだと感じた。
御屋形様の目にも涙が浮かんでいた。
だが御屋形様は激しく咳き込まれ、大量に吐血した。
布団の上には血が飛び取っている。
「山県様! 御屋形様が!」
拙者は大声で叫んだ。
すぐさま、山県様と御宿殿がやってきて御屋形様を介抱した。
御宿殿は薬をお湯に溶いて、御屋形様に与えると症状は少し落ち着いた。
再び御屋形様が眠りについた。
山県様が拙者に目配せし頷いた。
拙者は眠りにつく御屋形様に深々と頭を下げ、その場を後にした。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています