「ピース! ピース! アへ顔ダブルピース!」
「……意味分かって言ってんのか?」

 俺は、両手でピースサインしながら無邪気に笑う少女に問い掛ける。

「ううん。知らない。でも、すっげー嬉しい、みたいな?」

 コテンと小首を傾げながら否定する少女。さらりと長い黒髪が流れた。両手は未だピースサインのままである。
 俺は何げない振りを装って、更に問いを重ねる。

「いや、間違ってるぞ。で? 誰に聞いたの、それ?」
「うん? 咲お姉ちゃんだけど」
「そっか、咲か……」

 よし、後で締めとかないとな。
 咲は俺の実の妹。現在高校生。そして、目の前の幼気な少女の従姉に当たる。つまり俺の従妹でもある目の前の少女は、十二歳になったばかりの小学生だ。
 どう考えても、小学生に吹き込んでいい類の言葉ではない。いや、そもそも高校生にも少しばかり早くないだろうか?

「あっ、薫お兄ちゃんが怒った顔してるー。やっぱり、ヤバい言葉だったんだ」
「……察してたなら、使うのは控えてくれよ」

 俺の前だったからまだいい。だけど、使う場所を間違えれば、本当に冗談にならない恐れがある。
 何せ、従妹の冬花は、小学生ではあるが、小学生らしからぬ色香の持ち主なのだから。というのも、発育が良い。
 一瞬、俺の視線は冬花の胸の膨らみに向けられたが、三秒で逸らしたからセーフだ。三秒セーフ、常識だよね?

 まあ、とかく発育が良く、その上容姿も一級品だ。大きなお友達の前で今のをやれば、かどわかされても不思議ではない。

 俺は額に手を当てながら溜息を吐いた。

「大丈夫だよー、他所ではまだやってないし」
「まだ、じゃなくて、金輪際やるな」
「えー?」
「えー、じゃない」
「んー。でも、薫お兄ちゃんの前でもう一度だけするような気がするなー。後、一度くらいいいよね?」
「それで気が済むならな。でも、それで打ち止めだからな。約束だぞ」
「はーい!」

 華やいだように笑う冬花。でも、その日は二度とその言葉を吐くことはなかった。
 

 八年後。俺は、もうすっかりこの日の会話を忘れてしまっていたのだが……。
 凍えるような冬の夜、冬花が冗談めかしながらもう一度その言葉を口にしたのは、二人っきりで過ごした冬花の誕生日のことだった。