黒曜石のような瞳には何の憂いも無かった。強風に乱れる前髪から覗く額を覆う皮膚は薄く、陶器のように滑らかで白い。
西洋の人形みたい目鼻立ちは完璧すぎて人間離れすらしていたけれど、無邪気とも言える笑顔はまごうことのない、10代のそれだった。
100人中100人が、彼女の笑顔をみたら釘つけになって、その花開く様が瞳の中に永劫に残るに違いない。
けれども僕の網膜に焼きついたのは、彼女が突き出したピースサインだった。

この直前、彼女は僕を墜落しつつある航空機のハッチから蹴落とした。
僕は蹴られた鳩尾を押さえながら、でも必死に「アルル!」と叫んだ。

アルルは彼女の名前だ。蹴落とされる3秒前に、彼女が教えてくれた。

ウエィストン王国の後継順位12位である僕、つまりまがりなりにも王子である僕、グルメイを足蹴にするなど
不敬も甚だしい。
しかも僕には身分だけでなく、学識がある。なんせ王国最高学府の大学院生であり、機械工学の中でも義体の研究している。
これほど完璧な人間がいるだろうか。
いや、いない。足りないのは平均に5cmほど足りない身長くらいだが、僕の完璧さは補ってあまりある。
あ、顔は10人並みだけど、それも補っておつりがくる……はずだ。

それに僕は院でいくつもの発明をした。義体の基本は指である。手の指が欠けた人用に、脚の指で操作する義手を開発した。この業績は大きい。
まあ、アイデアは脚でピアノを弾く曲芸士から得たものだ。でもこれは盗用ではない。なんたって、民族浄化政策で粛清されそうになった彼を救ってあげたのは、やっぱり僕だからだ。

「何でこんなに善良な僕がこんな目に合わなければいけないんだ!?」
 と叫んだのが3時間前。でも3ヶ月くらい前に感じる。

 大学院の研究室で優雅に紅茶をすすっていたところに、いきなり乗り込んで来たのはアルルだった。
「行くわよ!」「え、どこに」
「逃げるの! 政変が起きたわ。序列13位がクーデターを起こした。貴方は殺される」
「え、いや、ちょっと待ってくれ。落ち着け。というよりまず君は、王族との会話が許可された民族には見え……」「うっさい!!」
アルルは僕をグーで殴った。王族の僕をだ。父君にも殴られたことはないのに。
「今は関係ないの! 貴方の命がかかってるの! 貴方の母君に頼まれたの」「え、母君は」「死んだわ。わたしを警護する代わりに、貴方を守ってって言ってね!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いや、護衛は。そもそも僕を守っていた護衛の皆は」「殺した。呑気な貴方は知らないけど、13位に根回しされていたのよ、全員」
彼女の言葉に僕は絶句した。が、アルルの苛苛は臨界に達したらしい。片手をごと、と外して、中から現れた銃身を僕につきつけて、
「これ以上ぐだぐだ言うなら蜂の巣にする」とすごんだ。

彼女に誘導されて僕は飛行場に逃亡。亡命。途中、戦闘機に襲撃され、飛行機は墜落しかける。
パラシュートは戦闘のさいに蜂の巣。
一個しかのこらず、彼女は「義肢を発明してくれてありがとう。わたしの名前はアルル」と言って、パラシュートをつけさせ、僕を
航空機から突き落としたのだった。