休日のことであった。俺は漫然と畳の上に大の字で寝転がり、煤汚れた天井の木目を見るともなしに見ている。
 俺が故郷を離れて、東京の大学に進学したのがもう何年も前のことだ。大学を卒業してからも、故郷に帰ることなくこちらで職に就いた。
 職に就いた初めの頃は、新生活というものに微かな期待を募らせて……いいや、それを言うなら、初めて東京に出てきた時には大いに期待を募らせたものだったが……。
 これは何とも思慮の足りない想像であった。何の根拠もなく、上京さえすれば明るい未来が開ける、そんな盲信を抱いていたのだ。
 そして一度当てが外れたのにもかかわらず、今一度僅かばかりの期待を寄せたとあっては、愚か者の誹りは免れないであろう。
 今だからこそ分かることだが、これは田舎者特有の、盲目的な都会への憧れから来る愚かなる思い違いというものであった。

 現実の東京は、なるほど栄えている。人も多い。先進的な流行にも溢れていよう。だが、それだけであった。
 生きていく上で気鬱となるようなあれこれがあるのは変わらない。むしろ、人が多い分人間関係が煩雑で、気鬱の原因が増えるきらいすらあった。
 それに気付いてからは、なんとも無気力に陥ってしまい、職場と下宿先を往復する毎日で、偶の休日もこうして無為に過ごしている。

 はあ、重々しい溜息を吐いた。いい加減天井の木目を見るのも飽いたので、俺はむくりと起き上った。
 ぐるりと視線を巡らせる。四畳半の狭苦しい部屋なので、その全容を把握するのは容易い。
 三つ折りに畳んだ布団と箪笥が部屋の隅に追いやられるように鎮座している。その真逆の隅っこの壁には、折りたたまれたテーブルが立てかけられていた。部屋のそこかしこに、文庫本が転がっている。

 俺の安月給では、ボロアパートの一室を借りるのが精一杯で、住み心地が良いとは言い難い。年季の入ったボロアパートなので、まるで明治か、大正だかの書生のような有様だ。

「ん? 何だ、これは……」

 文庫本に紛れて、一枚見覚えのない紙が落ちている。指先で摘まみ上げて、その紙面に書かれた文字に目を走らせる。
 ――『ワレワレ ハ ウチュウジン ダ』
 仮名文字でたった一行だけ書かれた文章。それは何とも荒唐無稽なものであった。
 どこでどう紛れ込んだものやら。しかし、何処の馬鹿がこんな走り書きをしたのか?
 そう思いながらも、手持ち無沙汰からか、俺はボールペンを手に取ると、新たな文字を書き加える。
 ――『お前はどこの星の者だ』

「はは、何書いてんだ、かぁ!?」

 目を見張る。如何なる不思議か、俺が書き加えた一文の下に、じわぁっと、新たなる一文が浮かび上がってきたからだ。
 ――『テシガワラ セイ ノ モノダ』
 テシガワラ星……? 聞いたこともない。いや、それよりもどうして独りでに文字が浮かび上がったのか? ……何かのドッキリか?
 辺りを見回すが、手に持つ紙以外に不自然なものはない。というより、誰が俺のような人間を相手に、こんな手の込んだドッキリを仕掛けるというのか?
 俺は自分が超常的な何かに見舞われていることを認めずにはいられなかった。
 ゴクリと喉を鳴らすと、筆談を重ねていった。

 筆談の内容をまとめるとこうなる。
 テシガワラ星で十年前に死んだと思われていた反乱分子が実は生きていた。
 その反乱者は、この地球に逃れ、地球人の振りをして暮らしている。
 捕殺の為に追いかけようにも、地球の環境に適応できるよう体をチューニングするまでに最低4年はかかる。
 再び見失う前に捕殺したいが、4年の間に別の星に移るかもしれない。
 そこで、現地住民の協力を得ることにした。
 協力してくれるなら、テシガワラ星の超技術で、何か一つ願いを叶えると。

 俺は思った。テシガワラ星人の依頼を達成し、願いを叶えてもらえれば、このクソみたいな人生も変わるのではないか、と。