「……しかし、探すためのヒントが小説だと?」

 何でも、この地球に隠れ住むテシガワラ星人は、反乱分子としての顔とは別に、小説家としての側面も持っていたとのこと。
 だから、この星でも必ず執筆活動をしていると思われる、らしい。
「だがなあ、小説なんてどれだけあると……」
 カタカタと検索エンジンに文字を打ち込んでいく。
 テシガワラ星人が言うには、件の宇宙人は自分の作品の主人公に、テシガワラ ツタコとやたら付けていたらしい。その筋から探してくれとのことだが……。

「こんなんで本当に見つかるわけ……見つかったよ」
 勅使河原蔦子を冠する作品名がゴロゴロとヒットしてしまった。マジか。
「ま、まあ、手掛かりは見つかった、な」

 俺はそれからというもの、この勅使河原蔦子の作者を執拗に追いかけた。
 すると、彼がワイスレというスレッドに入り浸っていると掴むことができた。そこで、俺もそこに書き込んで勅使河原作者と交流を重ねていった。そうして……。

 俺は北海道にいた。
 すっかり打ち解けた彼から、彼が北海道在住だと情報を聞き出した俺は、札幌出張が決まったのでオフ会をしないかと誘い出したのだ。
 俺は待ち合わせ場所で、灰色の空を見上げた。白い雪がちらちらと舞っている。

「あの……リーマンさんですか?」

 鈴を転がしたような声が聞こえた。振り返る。そこには黒髪の乙女、そう表現したくなるような美少女が立っていた。何と学生服を身に纏っている。こんな寒いのに、生足をさらけ出していた。

「てっしー、か? 女? いや……そもそも地球人に化けているんだから、男も女もないか」

 俺の言葉に、勅使河原作者は明らかに狼狽した表情になる。

「悪いな、てっしー、お前を捕まえさせてもらう」
「リーマンさん、まさかあなたが、連中の差し金だったなんて……」
 彼女の声が悲壮に震える。罪悪感が込み上げてきたが、それを無理やり押し殺す。
「すまんな」
「……リーマンさん、私を捕まえると言いますが、それは無理です。地球人では、テシガワラ星人の超技術には対抗できない」
「らしいな。でも、テシガワラ星人たちは、君の弱点を教えてくれたよ」
「弱点?」
「ああ。それは、作家としての豆腐メンタルだ」
「あっ……」
「なあ、てっしー、お前の小説は……!」
 
 ――クソつまんねえ、そういうだけで全てが終わる。
 だが、その言葉を吐く前に、これまで読んできた彼女の小説が思い起こされる。
 なろうで連載する小説、ワイスレ杯で受賞した作品。独自性の高い即興文。勅使河原蔦子作品群。更には、彼女との交流のあれこれを。

「ッ! お前の小説はクソおもしれえよ!!」
「なっ、リーマンさん、あなた……」
 唖然とした表情でこちらを見詰める少女。
「早く行けよ、俺の気が変わる前に。そんで地球から逃げろ。どっか遠くの星に。……連中は今も君を追いかけている」
「リーマンさん、その、何て言えば……」
「早く行けって!!」
 勅使河原作者は、びくりと弾かれたように身を跳び上がらせると、一歩二歩と、俺から離れていく。だが、その歩みは遅い。何度もこちらを窺うように振り返っている。
 彼女と視線が合わないように、俺は天を仰ぐ。
 ……どれほどそうしていただろうか。きっと数分間経ったろう。もう彼女は目の見えない場所まで行ったに違いない。
「ん?」
 ちらちらと舞い散る雪に混じって、ひらひらと一枚の紙片が舞い落ちてくる。
 俺はそれを右手で掴む。果たしてその紙面には――『裏切ったな』と、恨みがましい文字が躍っていた。
「はっ、ざまあみろ」
 俺はびりびりと、その紙片を破り捨てると、駅の方へと足を進めていった。