私は酷く驚愕した。きっと表情は、傍目から見たら滑稽なことになっていることだろう。
 しかしそれも無理からぬことだと思う。
 何せ、先程まで大都会の一角にある古書店にいた筈なのに、今目の前にはどこまでも続くような美しい風景が広がっていたのだから。

 薄く水を張ったような濡れた芝生が一面に広がっている。その一面青々とした風景の中に、赤、黄、藍、紫、薄桃色と、そこかしこに咲き誇る花々が彩を添える。
 美しい光景であった。私はふらふらと吸い寄せられるように、一歩足を踏み出す。地面はぬかるんでいて、ねちょりと少し嫌な感触を覚える。
 ……革靴が少し汚れるくらいなら磨けばいいが、スーツのズボン部分に泥が跳ねやしないかと、急に現実的な不安が頭を過った。

 首を軽く振るう。こんな美しい風景を前に、そんな心配は無粋の極みであったし、何より私にはここで果たさねばならない目的があったから。
 気を取り直して歩き出す。真剣な眼差しで注意深く花々を観察する。

 ――『仲間外れの花を見つけてこい』
 それが古書店の店主であり、現代に残る数少ない魔女が私に言い付けた言葉だ。
 その言葉を聞いた途端、私はこの花畑の中にあったのだ。

 何故、私が魔女の下を訪ねたか?
 それは難病に苦しむ娘の為だ。その魔女は如何なる願いをも叶える。そう人伝に聞いたからだ。
 只、無条件で聞きやしない。願いを叶えてもらえるのは、魔女の課す課題をクリアしたものだけだった。
 つまり、仲間外れの花を見つける。それこそが、私に課せられた課題であった。

(参ったな。花のことなんて詳しくないのに……。娘は詳しいんだけどな)

 私でも名を知るような花から、全く見当もつかない花まで本当に様々な花が咲いている。
 本当に参った。どれが仲間外れか……分からない。

「うん?」
 見覚えのある花が咲いている。朝顔だ。いや、その隣には似たような花も並んでいる。多分、昼顔と夕顔と夜顔だ。
 そこまで思いを巡らせたところで、記憶に引っかかるものがあった。

(ねえ、お父さん。朝顔も昼顔も夕顔も夜顔も、皆名前も見た目も似た花だけど……)



「それで、仲間外れの花は見つかったのかい?」
 しわがれた声を上げる老婆、私はその声に頷く。
「ええ。この花ですよね?」
 私は魔女の目の前に摘み取った夕顔を差し出した。
「朝顔と昼顔と夜顔は、皆ヒルガオ科ですが、夕顔だけはウリ科であったはずです」
 私の答えに、魔女はにたりと笑う。
「ああ、その通りだ。娘の何気ない言葉も、キチンと記憶に留めていたのかい。なるほど、お前の娘に対する愛情は本物のようだ」
「では?」
 魔女はゆっくりと頷いた。
「約束だ。お前の娘の病は、この魔女の名に懸けて快癒して見せよう」


 魔女は約束を果たした。
 医者も匙を投げた娘の病は立ちどころに良くなった。
 今では、休日に庭の花壇で娘と二人、花の世話するのが私の生きがいだ。