「おお! 有難い!」
 運ばれてきた一杯の粥に男は破顔する。
 しかし、粥を運んできた若者はというと、面目なさそうな顔をしていた。
「申し訳ありませぬ。これきりしか用意できず」
「なんの、十分じゃ。礼を言う」
 粥を受け取った男が心から礼の言葉を述べるも、やはり若者の憂い顔は晴れない。
 なので、男は更に言い募ることにした。
「まっこと、これで十分じゃ。戦に疲れ空腹の時は、何でも御馳走になる。それに、後のことを思えば、余り腹に物を詰めすぎるのも良くあるまい。ひょっとして、見苦しいことになるやも……ああ、そのような顔をなさるな」
 男は苦笑する。このまま言葉を重ねようとも、目の前の若者は顔を暗くするばかりだろう。そう思って、男は話の矛先を変えることにした。
「そう言えば、まだそなたの名も聞いておらなんだ。名は何と申す?」
「新衛門と申します」
「そうか新衛門殿、年はいくつじゃ?」
「十五です」
「では、元服されたばかりか。若いのう。まあ、ワシも老けることを心配する立場でもなし。最早、若さに羨ましさも覚えんが……いかんな。何を言ってもそなたを苦しめるだけのようじゃ」
 男はぼりぼりと頭をかくと、椀と箸を手に取る。
「折角の馳走じゃ。冷めぬ内に頂こう」
 湯気の上がる粥にふーふーっと、息を吹きかけると、がつがつと男は粥をかっ食らっていく。
 粥の温かさが、空きっ腹に染み渡るようだ。――美味い! 男は心の底からそう思う。
「馳走じゃ、馳走じゃ! ……美味いのう。これで、最後の晴れ舞台に臨む気力も湧いてきた! 新衛門殿、改めて礼を言うぞ!」
 呵呵大笑して男は再度礼の言葉を口にする。
「滅相もありませぬ」
 若者は平伏してそれだけ応えた。


 数刻後、髭を剃り、髪を整え、白装束を纏った男は、彼が言うところの最後の晴れ舞台へ向けてゆっくりと歩んでいった。