高校に通っていた頃から、胃が弱かった。
シクシクとした痛み。ムカムカとした気持ちの悪さ。
県内でも指折りの進学校に進んだはいいが、周りは天才かと言いたくなるような頭の良い奴ばかりだった。
自分の成績は中の下。中学の頃までは神童かと言われたくらいの俺だったのに。

その時から胃の不調が始まった。
胃の痛む日。そんな時はお袋が必ずお粥を作ってくれた。
米のしっかり入った全粥。少しでも力がつくようにとのおふくろの気持ちがこもっていた。
わずかな隠し味に誘われ、いつも思わずおかわりをした。

そんなお袋が死んで三年。
もう、あの温かい粥を食べることはできなくなった。
いや、自分でも作ってはみたのだが、固めの粥になったり、逆にビシャビシャの粥になったり。どうしてもお袋のあの絶妙な粥を作ることができなかった。

32歳になった昨年の夏、俺は結婚をした。
4歳下の妻は料理がうまい。俺が調子が悪い時、口当たりの良い物を作ってくれる。
柔らかいスクランブルエッグだったり、ホロホロとスプーンでくずれるポトフだったり。
うまい。うまいのだが、手の込んでないお粥を作ってくれとは、なかなか言い出せなかった。まだ、新婚の遠慮があったのかもしれない。
どうも妻は洋風の料理が好きなようで、和食はあまり食卓に並ばなかった。
和食の好きな自分は、それが少し不満だったが、それさえも言い出せなかった。
胃が悪いのは、たぶん俺のこんな気弱なところにあるのだろう。

ある日の夜だった。
いつもよりもひどく胃がむかついた。
日中は仕事で厄介なクレーム処理にあたった日だった。
ひどく気分が悪く、夕飯に手をつけようとしない俺を妻が心配そうにみつめる。
そして、暫くした時だった。
居間のソファーに身を横たえていた俺を、妻が呼んだ。
見ると、食卓の上に湯気の立つお茶碗が置いてある。
それは一杯のお粥であった。
「これなら、食べられるかしら……?」妻が不安そうに口にする。
何も言わずテーブルにつくと、俺はそのお粥を口に運んだ。

思わず目が見開いた。
かすかに梅干しの味がする。おふくろの隠し味と同じ味だ。
食が進むようにと、おふくろがほんの少し入れた梅の味。
妻のそれも同じ味だった。そして元気が出るようにと、米のたっぷり入った全粥だった。
俺は思わず粥をかき込んだ。
お袋の味。お袋の味だ。俺のことを考えてくれた、お袋の粥の味だった。
なんともいえない喜びが腹の中を熱くする。目頭も熱くなるが必死でこらえる。
目の前に、俺のことを見つめる妻がいた。

ちょうど、梅の花が咲く春の宵のことだった。