人間離れした美貌の男が一人、買い物客で賑わう市場に、所在無さげに突っ立っていた。
圧さえ感じる整いすぎた容姿のせいで、彼の周りだけ人波が割れ、売り手たちは目を合わさないようヒソヒソと推測を交わし合う。

「あれなんだね、神仙さまがこんなとこまで来てるのかね」

「なんたってこんなところに! 神仙さまは深山にいるもんじゃないのかい?」

「聶耳(ながみみ)の連中もまあ大概整ってるが、あれはまた別格だな」

「お人形さんみたいな顔してる……」

彼は初めての市場に困惑しているだけなのだが、誰一人としてその可能性に気づかない。
その美貌は固く引き締められ、隙のない佇まいと合わさり、関わってはいけない雰囲気しか感じ取れないからだ。

いや、けれど例外がここに存在する。

「あらまぁアンタ、何を探してるの?」

(黄おばさん……!?)

その瞬間、市場は静まり返った。お節介焼きでおしゃべりで美男に目が無くて、そしてよく売り物の粥をおまけしてくれるので有名な売り手だった。

皆固唾を飲んで黄おばさんの会話の行方を見守る。
血気盛んな若者など、万が一黄おばさんに何かあれば刺し違えても取り戻して来ようと悲壮な覚悟を固めていた。
何しろ安くて美味しい黄おばさんの粥にお世話になった者は多いゆえ。

「あ、あーあー。その、食べ物を買いたいのですが、ここは初めてで何分勝手がわからず……よろしければお教え願えますか」

「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいわよ! そういうことなら任せて、案内してあげる」

声を出すにも慣れていないような有り様であったが、男の言葉は予想よりもはるかに常識的だった。言葉づかいなど馬鹿丁寧ですらある。
そしてそれを受けた黄おばさんの返事も、やはりらしく親切なものであった。
黄おばさんの言葉に、男は笑みを浮かべる。
それだけで花が開いたような錯覚にとらわれ、女性陣はおろか、男性でさえ皆頬を赤くせずにはいられなかった。

おばさんに連れられ、男は市場のあちこちを回る。
ぎこちないながらも、各店の売り手たちと取引を重ねられた。
一通り肉や野菜を揃えた後、せっかくだからと黄おばさんは男を自分の屋台へ招いた。
今までのやり取りで、おばさんは男の美貌に似合わぬ純朴さをすっかり気に入り、お粥をご馳走しようと思ったのだ。
鶏ガラで煮込み甘い芋を入れた粥は自慢の一品。
男は差し出された椀に、恐る恐るといった風に口をつける。

「熱いから気をつけて。味はどうだい?」

「これが、味……」

なんと男は涙をぽろぽろとこぼしていた。
栄養が取れていない風にも見えないが、ずっと絶食でもしていたのだろうか。
まあ神仙さまの修行にはそういうのもあるのだろう、とおばさんはあまり深く考えなかった。
彼はゆっくりゆっくり、一口をかみしめるように食べ進めて行く。

「こんなに喜んでもらえるなんて光栄だね」

「ええ、こんなに……美味しい……ものだとは思いませんでした」

まるで生まれて初めてものを食べたような反応をする。
ふとそんな印象がよぎったものの、黄おばさんはおかわりをよそってやる方に夢中になってすぐ気にするのをやめた。

その後病弱で家から出られない妻に粥を作ってやりたいと、レシピを聞かれて困ったのも、彼女の中では良い思い出になった。
この日以降、彼はこの市場の常連として、しょっちゅう買い物をし、一種の名物になるのであるが、それはまた別のお話。