>>175

使用したお題:『スマホ』『池袋』『美人上司』

【メガネをはずしてください】

スマホに見知らぬ美女の写真が入っていた。ビックリした。

「おい」

 ただちょっと待ってくれ。オレはこんな美女に会った記憶はない。そしてここまで素敵な女性を忘れるわけがない。
 だが現実に写真のフォルダの一番上に美女が映っていた。つまり、どこかで彼女と会ったはずなんだ。オレは少ない脳細胞をフル活性させて思いだそうとする。

「何仕事サボってスマホを凝視してるんだ?」

 上司がいつものように嫌味を言ってくる、が無視。そんなこと今はどうでもいい。記憶を必死に遡る。
 確か昨日は上司に誘われて飲みに行ったはずだ。池袋のいつもの店で。チェーン店特有の安っぽい店構えと、同じく安いがそれなりに美味いツマミがあるところだ。そうだ、昨日は飲み屋に行ったはずだ。

「おい、人の話を聞いてるのか? 上司の言葉を無視するとは良い度胸だ」

 上司の声がちょっと怖くなったのでスマホから視線を上げる。上司のトンガリ眼鏡にむかって「すいません」と生返事で謝罪をするも、頭の中では先程の美女の写真でいっぱいだった。さらに記憶を揺り起こす。
 整った顔を真っ赤に染めた美女の美しい横顔。濡れた瞳でスマホ越しのオレを見つめている。ただの写真なのにその妖艶な瞳に思わず心臓が高鳴った。真っすぐに伸ばした黒髪が美しい。
 わずかに映った後ろの座敷やテーブルは完全にチェーン店のそれだった。撮った日付も昨日の物なので、昨日上司と行った飲み屋で間違いない。ただ、誰なのかわからない。
 青いスーツはどこかで見覚えがあったが、どこで見たのか思い出せない。

「おい、お前何上の空になってるんだ。人が説教してるのに」

 写真の美女のことを精一杯思い出そうと頭をフル回転させていたけれど、傍から見たらただの棒立ちだったようだ。再度上司にきちんと目線を合わせて謝罪する。メガネの度がキツくていつものように表情が読めない。
 まだ30の大台に乗ったばかりだったはずだが、この上司の漂わせるお局さん的雰囲気は40のそれだった。色気の欠片もないまとめた髪の毛と、男のような愛想のない青のスーツが逆によく似合っている。

 と、ここで僅かな違和感。上司の様子が何かいつもと違った。「あれ、髪の毛でも切ったんですか?」と当たり障りのない質問をしてみた。

「いや……、というかそのことをメールで君に尋ねたら、君から見せたいものがあるって返信を貰ったんだけれど。覚えてないのか?」

 覚えていなかった。そのせいで美女の正体がわからないのだから。おそらく昨夜は少し飲みすぎて泥酔したのだろう。
 そのことを上司に説明すると、上司はオレの机の方を見ていた。先ほどまで弄っていたスマホの画面を見ている、と思ったらスマホを手に取った。

「……ああ、なるほど。このときはすでにいつも付けていた髪留めがなくなっていたのか……。だとしたらどこで落としたのだろうか。そんな簡単に外れるものでもないはずなのに……」

 上司はそう言うと、先程のオレのように記憶を探り出したようだった。横を向いて顎に手をやり、ブツブツと呟いている。
 その横顔と目元の泣きボクロに何か引っかかりを覚えたが、その前に上司はオレにお礼を言った。

「感謝する、大事な髪留めだったんだ。もうちょっと探してみる。キミは仕事を再開しなさい」

 そう言って上司は自分の席へと戻ってしまった。オレは思い出すのを諦めて、仕事に戻った。その際、最後にチラリと先程の美女の写真を見た。
 しなだれるように座った美女はメガネを片手に、泣きボクロと頬を赤らめながらオレを見上げていた。