選択お題、『7』『実験』『池袋』

【リバイバル】

その居酒屋のBGMには、池袋には似つかわしくないクールで清潔なジャズがかけられていたが、個室の誰も熱心に耳を傾けているようには見えなかった。
「で、そのラノベってのは、いったい何なんだい」と柳眉を顰めた清少納言が尋ねてきたので、
「今の若者にウケてる読み物ですよ」と僕が答えると「はーい、どうせこちらの生まれは平成ならぬ平安ですよ、1000歳超えの婆ですよ!」と頭をはたかれた。

くっくっくと笑いながら芥川龍之介が言う。
「いやエッセイばっかり書いてた清少さんには分からないだろうなァ、文学は重苦しくなったんですよ。
ボクなんかはね、自分の娘が生きながら焼かれて、苦しむけれども、それが芸術だって言って、娘の焼き姿を描いちゃう画家の話、みたいなのを書いてね。
滅法ウケてましたから。ラノベってのもそういうモンでしょう」
「いえ、完全に違います」

安価になったクローン技術は、いつしか倫理観念をなし崩しにして、人々は好き勝手に人体複製を行うようになった。
人体造成のテクノロジーは、脳の模造をも可能にし、過去に残された文献を基に偉人がクリエイトされ、彼らのトークがバラエティとして人気を博している。
ここ池袋の居酒屋には、伝説の物書きとも言われる文豪が七人集められ、
ネット生放送の中、あいつらが顔を合わせて文学談義を交わしたらどうなるか、という企画実験「ライトノベルの未来を語る」が行われている。

木箸で魚の目をつついて盲目だと言って喜んでいた谷崎潤一郎が、焼かれる娘という怪しい単語に反応した。
「となりゃ、結局ラノベったあ、アレですかい、女をさ、自分好みにしよってんで、子供の頃から育ててたらさ? 悪女になっちまって、逆に男が入れ込んじまって破滅、みてえなやつ?」
こじらせ方が違うのだが、説明するのが面倒だ。
「萌えの大家と呼ばれる谷崎さんの趣味には合うかもしれません」とだけ、とりあえず言う。

すると、二葉亭四迷がジョッキをぐいっと飲み干して、テーブルに身を乗り出してきた。さすがロシア帰りだけあって、ハイボールを水のように飲む。
「や、でも嬉しいですねえ、ラノベってのは、ライトノベル、でしょ? ノベルを小説としたのは、私こと二葉亭の、二葉亭の、師匠でしてね。
それまで悩みなんて日本では描かれてなかったわけですよ。それをね、私こと二葉亭が海外から輸入して〜」とマシンガンのように自慢話が続く。
「しずけさや、岩にしみ入る、蝉の声」
松尾芭蕉が一句詠んだ。黙れ蝉、ってことなんだろう。

「すいませんねえ、芭蕉先生。しかしねえ、やっぱり文学と言うのは重たいだけじゃない。出不精だけのもんじゃないんです。
小説ってのは、町の噂って意味ですから。ライトノベルって言うぐらいだ。一葉さんみたく軽快な文体が、現代でも人気なんでしょうね?」
二葉亭が水を向けると、端で縮こまっていた、最年少の樋口一葉が、集まった視線に恐縮した。
「え、わ、わたしですか? なんか、もう、先生方の前で、人気とか……語れる存在とかじゃないです……」

困惑しきった若い女性に、女好きの谷崎が素早いフォローを入れる。
「いやいや、でも、一葉さんの作品は今でも通用するぐらい、作風が若々しいって、評判だそうで」
「はーい、どうせこちらは今じゃ通用しない婆ですよ!」
「婆! 婆と言えばね、ボクは死体から髪を盗む婆の話を……」

濃ゆい文豪達の果てしなく続く駄弁は、もともとの主題まで行き着くことなく、ライトノベルとは何か、それすら理解することなく数時間を費やした。
ネット生放送も時間切れとなり、いまや文豪数人がテーブルに突っ伏している。カオス。

「夏草や、つわものどもが、夢の跡」
「それでェ、結局あんたァ、誰なんだいィ?」と呂律の回らない清少納言が、こちらに絡んできた。

僕は自己紹介すらしていない。
「やれやれ」
ひとつため息をついた。