>>306
使用お題:『最強』『乗り物を登場させる』『全力』

【海王クラーケンの色々な冒険】(1/2)


 クラーケン。言わずと知れた海の大海魔である。
 生まれつきの王者であり、比類なき最強の存在……それが彼女だった。

 だが、その最強の海魔は今、眼前の相手に全力の“服従のポーズ”を取っていた。

「きゃ―――!! タカシ様! 見てはだめですぅ!!」
「目がぁ!! 目がぁ!!」

 ……少し騒がしいが、目を瞑り、許されるのをジッと待っていた。

 ******

「何で幼女の姿なんだ?」
「騙されてはいけません!! 妖魔の類は庇護欲を誘う為にわざわざ子供に化けると言います!! きっとこれもその類です!!」

 クラーケンの姿の時は、取るに足らない小さい生き物だと思っていた。一匹一匹では腹の足しにもならない生き物……人間。
 だが、今目の前に居るソレは、クラーケンの価値観を真っ向から破壊せしめたのだ。

 捕食者。

 絶対強者であった自分に初めてそんな目を向けた者。

(湯がいて、細かく切ってから酢醤油にラー油をまぶして、長ネギの細切り何かを上に乗せて食べたいよなぁ)

 そんな目で自分を見ていた。
 そして、そんな事を考ることが許される“強者”であった。
 揺れる小舟と言う不安定な足場であるなど感じさせる事も無く、海王である彼女を散々甚振った挙句、地上まで放り投げた理不尽な存在。
 初めて上がった陸地で彼女の心を占めていたのは「食べられたくない」……その一言だったのだ。

 人間の幼生体の姿を取ったのは本能的な物である。どんな種族でも、その赤ん坊は、大人に庇護欲を掻き立てるからだ。
 一応、野生動物である彼女はその事を本能的に悟っていたのだろう。
 その効果は劇的だったと言って良い。
 先程まで捕食者の目をしていた彼……一緒にいた白い雌は“タカシ”と呼んでいた……は、今は困惑した様な目で彼女を見ていたからだ。
 人化した為に相手より小さな姿となったクラーケンは、ペタリと地面に座ったまま、それでも恐怖に震えていた。
 確かに今は捕食者の目はしていない。だが、いつまた自分を食べる気になるか分からなかったからだ。
 今の自分より大きな相手、頭越しに覗き込まれる威圧感は半端なかった。
 本能的にとは言え、この姿に成ったのは失敗だったのではないか? そんな風にも思った。

 たからこそ……

「もう、近隣の海を荒らしたらダメだからな?」

 そう言われ、頭を撫でられた時は、ポカンとしてしまったのだ。
 そしてジワジワと湧いて来る安堵と喜び……タカシもそんなクラーケンの心情が分かったのか、優しく頭を撫でる。

 大きな、温かい手だった。

 ******

 孤独は心を蝕む毒である。それは例え絶対強者だったとしても変わりない。
 この日、彼女の心の壁には大きな風穴が開いた。何百年の内に積もった孤独で蓋をされた心に、感情と言う穴が穿たれたのだ。

 初めは恐怖。次に安堵、そして喜び……最後は寂しさ。
 薄墨を被せた様だった景色は、その風穴によって一気に色付いたのだ。