>>351
使用お題:『母』『魔法』『芋焼酎』

【女房酒】


 古今東西、酒は百薬の長と言います。確かに嗜む程度であれば良薬となりますが、浴びるほど飲んではその薬効も毒に成る。
 しかしここに、「酒はクスリ成り、故にいくら飲んでも構わんのだ!」と言ってはばからない長介と言う男がおりました。

「これは、魔法の酒瓢箪なんですよ」
「魔法の?」

 怪しげな露天商の売り口上。ですが、そこは大の酒好き、足を止めてしまう。

「へいへい、『汲めども尽きぬネクタール』とも言いますが、この瓢箪は酒が尽きる事なく湧き出す魔法が掛かっております」
「へ、へぇ!! ……しかし、本物かい?」
「本物ですとも」

 そう言って露天商はちゃぽちゃぽと瓢箪を揺らす。音からすればコップに1、2杯も注げば無くなるだろう。
 次いで露天商は切子を取り出すと、瓢箪の口を傾ける。
 とくとくとく、と酒が注がれ、辺りにはアルコールの香りが漂う。
 長介がゴクリと喉を鳴らした。
 露天商はニヤリと嗤うと、その酒を呷る。

「いやぁ、甘露甘露! 上級の酒だ!!」

 そうして続けざまに、2杯3杯と次々に飲み干した。
 面白くないのは長介。大の酒好きが人の飲むのを見ているだけなのだ。ゴクリと喉を鳴らしながらも忌々しそうにそれを眺めていた。

「さ〜て、おたひ合い、随分と飲んだ訳れすが、瓢箪の中身はろう成っているれひょう?」
「そりゃ嫌味か! お前ぇが全部飲んじまっただろうが!」

 ニヤリと嗤う露天商。先程と同じ様に瓢箪を揺らす。

 ちゃぽちゃぽちゃぽ……

「!!」
「はい! このとほり、尽きるころなく、入っております」
「そ、そいつは、おいくらだい? 買う気はねぇ、買う気はねぇんだが、参考までにな?」

 露天商が指を5本立てる。

「五十万……」

 長介が眉根を寄せる。確かに欲しい。しかし、流石に高すぎた。

「ほひて、この瓢箪にはもうひろつ秘密がありますしてね? なんと、入れる物ひよっへ酒の味が変わるんれすよ」
「な、何ぃ!?」
「こうひて葡萄を入れると……」

 露天商が瓢箪の口に葡萄を近づけると、ひゅんっと葡萄が吸い込まれ、傾けた瓢箪から紫色の液体が。

「この瓢箪一本が有れば、へかい中のありとあらゆる酒がろめるわけれす」

 ******

 長介は大事そうに瓢箪を抱えると、安アパートに帰って行く。築80年はくだらない、風呂無しトイレ共用のアパート。
 家賃だけは安いその一室に、長介は妻と二人で住んでいた。
 流石に安い買い物ではない。妻に文句を言われない様にと長介はこっそり中を覗き込む。