>>425 うーん、いまいちキレが悪い・・・

使用したお題:『音楽』『悪魔』『同性愛』

【悪魔の音楽会】

 悪魔は問うた。

「お前の願いをなんでも一つ叶えてやろう。ただし、その対価としてお前の魂をもらう」

 女は答えた。

「私は感動する音楽を奏でたい。ピアノの技術だけはあるが、私の音楽には心が欠けている」

 悪魔は応えた。

「その願い、叶えよう」

 こうして女のピアノは数多の人々に感動を生み出した。
 細い指先から奏でる音楽に、聴衆のすべてが魅了された。誰もが彼女を最高の演奏家だと称えた。

 女はそれに深く、深く満足した。だから悪魔に声をかけた。

「ありがとう、おかげで私は満ち足りた。魂を持っていってちょうだい」
「……一つ聞いていいか?」

 悪魔は戸惑っていた。
 過去、悪魔と取引を願った者は数多いるが、大抵、嫌だ嫌だと喚き散らすか、生き汚く悪魔払いを試みるか、契約の不備を訴えようとするのが常だった。
 こうも嬉しそうに自らの魂を差し出す者はいなかった。

 悪魔がそう説明すると、女は小さく笑いながら答えた。

「私はピアノが大嫌いだった。親に押し付けられて、無理やりやらせられて、常に苦痛だった。ただ適正だけはあったのか、練習すればするほど上手になった。それが余計に嫌だった。
 大嫌いなのに上手だと褒められ、苦痛なのに正確な演奏を強いられ、不愉快なのにたくさんの賞をもらった。ただ楽譜通りに正確に鍵盤を叩いているだけなのに。
 でもある時、小さな女の子のピアノを聞いた。初歩の初歩の楽曲で、練習が足りないのか音が全く足らず、ただ乱雑に音が鳴っているだけの音楽だった。でも私はそれを聞いて、感動した」
「なぜだ?」
「すごく楽しそうだったから。すごく嬉しそうだったから。その少女の音楽はへたくそだったけど、とても色鮮やかに思えたから。
 だから私はその音楽を聞いて初めて真似したいと思った。初めて自分で楽しい音楽を引いてみたいと思った。でもできなかった。
 正確な演奏をするように何度も練習してしまった私は、楽譜をなぞることばかり意識がいって、楽しく心のままに演奏するということができなくなっていたから」
「だから私に願ったのか?」
「そう。あなたのおかげで私は人を感動させる音楽を奏でることができた。自分が満足するくらい楽しいピアノを弾けた。だからもう満足。私の魂は、あなたに差し上げます」

 女は覚悟を決めた、というには柔らかい表情を浮かべて、悪魔にその魂を捧げようとした。悪魔は女の説明に納得し、理解し、そして何より戸惑った。
 不愉快極まりない、というしかめっ面をして悪魔はこう答えた。

「契約はまだ為しえていない。感動する音楽を奏でたいというお前の契約だったが、肝心の私が感動していない。だから悪魔の私が感動するまで、お前の魂はまだもらえない」
「悪魔のあなたが感動することってあるの?」
「それは知らない。だが、感動する音楽を奏でたいというお前なら、そのうちできるんじゃないか?」
「なんでそんな提案をするの? 何も言わずにさっさと奪っちゃえばよかったんじゃない?」
「私だってそう思う。だが、なんとなくもう少しお前の音楽を聞いてみたいと思っただけだ。勘違いするなよ?」
「もしかして、私に惚れた?」
「女同士なのにか? ばかばかしい」

 そんなやりとりを経て、二人はしばらく一緒に暮らし続けた。
 女はその後、悪魔に取りつかれた天使の音楽家と呼ばれるようになったそうな。