使用お題:『逆上がり』『悪魔』『同性愛』

 放課後、校庭の片隅にある鉄棒の傍へと、女の子は歩み寄る。そこに同級生の姿を見つけたからだ。

「ばったん、ばったんと新手のエクササイズ?」
「違うわ! さか、あが、りー! ああ……!」

 声を掛けられた女の子は、助走をつけ逆上がりを敢行するも、勢い空しく、半ばほどで失速してまたもやばたんと足を地面につく。

「何でまた放課後自主練なんて……。いいじゃん、逆上がりなんてできなくても」
「……体育の授業で華麗に逆上がりを決めたあんたが言っても、嫌味にしか聞こえないんだけど」
「あらそう。でも、ま、本当にできてもできなくても一緒だと思うけど」
「プライドの問題! ライバルのあんたにできて、私にできない道理はない!」
「……ライバル? 椎名と私が? なにそれ初耳。てか、現にできてないし」

 尤もな言葉に、鉄棒と格闘している女の子――椎名朱里はむっと眉を顰めて渋い顔つきになる。

「鉄棒の悪魔よ、鉄棒の悪魔が私の邪魔をしているのよ」
「鉄棒の悪魔? ピンポイントかつしょうもない悪魔がいるなあ。……むしろ、妖怪の方が合ってそう。妖怪、逆上がり阻止」
「ああー、枕返しとか、しょうもない妖怪多いもんね。まあ、悪魔でも妖怪でも、それを私にけしかけたのは榊に違いないけどね」
「なんでさ」

 とんでもない濡れ衣に、榊ひなたは、呆れたような声を上げる。

「ふっ、隠しても無駄よ。ライバルの私の評判を落そうとしているのは分かっているわ。――『あの子、来年には中学生になるのに逆上がりもできないのよ、ぷー、くすくす』って、言って回るんでしょ」
「ひどい奴だな、私。というか、私と椎名は何のライバルなのよ?」
「決まっているわ! 男子の人気を二分する、鳴北小アイドルライバルよ!」

 そんな朱里の言葉に、ひなたは恥ずかしげに頬を掻く。

「いやいや、アイドルって……。私、そんなモテナイし。男子に告られたこともないし」
「はいはい、そんなのいいから。『えー、私、モテナイですよー』的なアイドル発言いらないから。それに告られないのは当然よ。だって、あんたに告白しそうな男子は、全員私が潰して回っているから」
「椎名は本当にひどい奴だな!? ……っと」

 学校の敷地内全域に下校を促すアナウンスが流れる。

「ほら、もう下校時間じゃん。帰ろ」
「い、やー! 逆上がりができるまで、か、え、ら、な、いー!」
「いや、それ多分今日中に帰れないやつだから。ほら、帰るよ!」

 ひなたは無造作に朱里の腕を掴むと、ぐっと引いた。
 おやっと、ひなたは意外に思う。思いの外、朱里は抵抗なく腕を引かれるままに鉄棒から離れたからだ。
 二歩、三歩、四歩と鉄棒から離れてから、ひなたは朱里の顔を見る。

「……どうして顔真っ赤なの?」
「な、な、何でもないわ! 逆上がりのしすぎかしらね!? ちょっと頑張りすぎたみたい!」
「なら、やっぱり止めて正解じゃん。帰ろっか」

 ひなたは先にすたすたと歩き出す。しかし、朱里は立ち止まったまま。その場で囁くように呟く。

「どうしよう? ひなたちゃんにぎゅって腕を握ってもらっちゃった。……今日は洗わないでおこうかしら?」
「んー? 何か言った?」
「な、何でもない!」

 朱里は慌てたように、ひなたとの開いた距離を早足で詰めていった。