玄関を開ける。視界に飛び込んできた光景に、口もあんぐりと開いてしまった。
「来ちゃった、にゃー」
 頬を赤らめてもじもじしているのは、小柄な女性だ。なんと、その頭頂部には猫耳カチューシャが付いている。ちなみに黒猫仕様だ。
 鼓動が早まる。全身が沸騰したかのように、体が熱くなる。
 俺はただ一言口にするので精一杯だった。「おかん、何しとんねん」と。……羞恥心の余りおかしくなったのか、何故だか、関西弁になった。

「〜〜♪ 〜〜♪」
 台所から鼻歌が聞こえてくる。母が手料理を振る舞おうと、料理をしているのだ。
 大学進学を機に、東京で一人暮らしを始めて二か月、母が初めて俺が借りている部屋を訪ねてきた。どうも、ちゃんと暮らしているか心配になって様子を見に来たらしい。
「大ちゃん、できたよー。運ぶの手伝って」
「はいはい」
 ソファから立ち上がって台所へ。母が作ってくれた手料理を運ぶ。俺の大好きな生姜焼きだった。
 机に並べ終えると、二人して向かい合って座り両手を合わせる。
「「いただきます」」
 肉を一切れ口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼して、飲み下すと核心に触れる問い掛けをする。
「で、何で猫耳なの?」
「店員さんに勧められたのよ」
「店員?」
「ええ。秋葉ってすごいのね! 面白い店がいっぱい! で、ふらふらと色んなお店を冷かしていたらね、ある店の店員さんが、『お姉ちゃん、可愛いね! これなんてどう! 似合うよ』って!」
 母ははにかんだように笑う。
「もうお母さん、年甲斐もなく嬉しくなっちゃって! それで、つい買っちゃった! ……本当はメイド服もいっしょに勧められたのだけど、流石にそれは、ねえ……」
「猫耳カチューシャも自重して欲しかったよ、俺は」
「ははは……。ごめんねえ、おばちゃんじゃ、やっぱり見苦しいかしら?」
「んー」
 身内贔屓かもしれないが、正直見苦しくない。どころか、よく似合ってさえいる。
 母はいわゆる美魔女と言われるタイプの女性で、二十代とまでは言えないが、三十を少し超えたくらいの年齢に見える。
 とてもではないが、大学生の息子がいる女性には見えない。
「見苦しくはないよ。まっ、似合ってんじゃない」
 気恥ずかしいので素っ気なく言う。
「大ちゃんは優しいなあ。ふふっ、お父さんのことも褒めてあげてね♪」
「父さん? えっ、何? 父さんも来てるの?」
「うん、そうよー。お父さんは、私がカチューシャを買い終わっても、一人色々と物色していたから、先に行くね、って置いてきたのだけど……。もうすぐ来るんじゃないかしら?」
 ……何だろう? 果てしなく嫌な予感がする。
 悪寒が走り、ぶるりと体が震える。直後、ピンポーン! とインターホンが鳴った。
「あっ! お父さんじゃないかしら? 大ちゃん開けてあげて」
 母はにこにこ笑っている。仕方ないので席を立った。
 祈るような気持ちで廊下を歩く。頼む、せめて、せめて、まだ小マシなコスプレで頼む。
 カチッ。施錠を開錠する。ガチャリと、玄関扉を開けた。そして手で顔を覆った。
「息子よ、そんなにもワイの姿が眩しいのか! 無理もない! 自己採点するなら満点! これぞ創作者、ではなく、コスプレイヤーが思い描く美しい夢!」
 
 父がどんな格好であったのか、父の名誉の為に黙秘することとする。