「気が早いにも程があるやろ?でも涼介の中では予定調和なんや、しかしこの実力と自信や、ウチはありえると思う、これで普段からマウンド上のような自信と勝負度胸があったらなぁ」
 うっとりした目で美世が山田を見る。
「す、すいません、普段はヘタレで」
「まあしゃーないがな、天は二物を与えずって事や」
 とりとめもない話で盛り上がる食卓で鷹山はニコニコとしながら見守っていたが、美世と山田の作り出す空気が鷹山の思うような物と少しズレている事に違和感を感じていた。鷹山家の食卓にはいつも小さい小鉢が並ぶし、そもそもピクニック等に行った時
東屋のベンチでランチをする時等でも、早く弁当にありつこうとする鷹山と雛子を制して千代紙を敷く事を強制するような美世が、すっぽんの姿煮を作ろうとするとは少しおかしかった。山田に入れあげる余り暴走気味なのではないかと、一抹の不安を感じた。

 それから数日が経った。最近、鷹山は山田の世話をする美世の姿が、どうしても高校球児を応援しているだけのボランティア的なものに見えず、日々あれこれと考えを巡らせていた。
(まさか惚れてしまったなんて事はないよな、あるはずがない、いや、もし惚れたとして恋愛は自由だ、何か問題があるだろうか? 大ありだ、相手は18歳に満たない男子高校生で美世とは10歳以上の年齢差がある、うまく行くはずがない
うまく行ってるように見えても最終的に破綻する公算が高い 、本人同士の行き違いで破綻するのは構わない、それがあるべき男と女の姿だからだ、しかしこの手の恋愛が破綻する原因の半分は外部からの干渉だ
美世は興味のない他人には鬼になれるが、愛する身内のいざこざでは必ず自分が傷ついてボロボロになる。
 こんな死滅回遊魚のような未来の無い恋愛で無駄に美世を傷つけたくない)
 美世の帰りが遅くなる日が続いたある日、鷹山はたまりかねて美世に聞いた。
「なんか最近遅いな、どっか寄り道してんのか」
 鷹山はハンドワイパーで意味なくあちこちを拭きながら言った。
「ん? うん、ちょっとTUTIYA寄ったり、立ち読みしたりな」
「お前あんまり寝る暇ねーだろ、そんな事してないで早く帰って来いよ」
「そうやな、わかってんねんけど」
「欲しけりゃさっさと買ってこいよ」
「い、いや欲しいってほどのもんがなくて」
「ブラブラして迷ってるより買ったほうが早いだろ」
「そうなんやけど……」
「ふむ、話は変わるが最近髪を降ろしてる事多いな、トウモロコシも止めたし」
「あ……ああ、気分転換?」
「あと最近ワンピースが多いな、フワっとしたやつ、カサブランカ帽なんか被って」
「な……なんやねんトモ兄、オカシイで」
 美世はテレビを見ながらピッピとチャンネルを変えた。
 思春期の娘と父親みたいなやり取りに痺れを切らした鷹山がピタリと手を止めて単刀直入に聞いた。
「お前、まさか高校生に手出してないだろうな」
あ? う……うん」
 美世のチャンネルを変えるスピードが早くなった。
 鷹山は思った、なにもないならこの場合の回答はなんでやねんだ、それに明らかに挙動もおかしい。
「美世、俺を見ろ」
 美世は鷹山に振り向くと、引きつった笑顔で何? と問いかける表情をした。
「お前口紅落ちてるぞ」
 美世がハッとして口を隠した。
「冗談だ」
「あは、あはははは、帰りに一人でたこ焼き食べたのバレたかとおもた、ははははは」
 鷹山はほぼ確信したように額に青筋を立てた。
「たこ焼き意外にも隠している事があるなら言え、今なら許す」
 美世は詰んだな、という顔をした後おずおずと言った。
「あ、あのな、なんか、この前涼介んちに遊びに行ったら……その、押さえられた」
 鷹山の片方の眉がピクリと動いた。
「ほう、それで、おイタが過ぎる子供にお灸は据えてやったか?」
「あのガタイで押さえられたらどうしようも無くなってな、し……仕方ないからキスは許した」
「な……うん、オホン、お前俺の抑えこみを返してタップさせた事が何回かあるじゃないか、猫被ってんじゃないぞ、もちろんその先は拒んだんだろうな!」
「あの……そら断ったで、アカンて、その……く……口でしたるからって……」
 鷹山はハンドワイパーをコトリと落とした。
「お……お前高校生を弄んだの?」
「弄んだりしてないわ」
「ならなんなんだ、まさか好きになったとかじゃないよな」
「そんな事ゆうたかてトモ兄、毎日好きや好きや言われたらなんか……その、ウチもわけわからんなってきたっちゅーか」
「あいつそんなとこだけ押しが強いの? オイオイ勘弁してくれよ、まさか逆に子供に遊ばれてんじゃ?」
「そんなんちゃうわ、涼介はそんなんちゃう」