「そんなんちゃうわ、涼介はそんなんちゃう」
「あーもう相手は高校生なんだぞ、わかってんのか?」
「わかってる……わかってる」
 美世の声にふてくされとも、泣きとも取れる音が入った。
「ダメだぁ! もう半分僕達の失敗しちゃってる! あのな、美世、あの時分の男は大人の色香には弱いもんなんだ、気持ちより体の方が先に来ちまうんだよ、お前じゃなくていいんだ、結局選ぶのは同年代の子なんだぞ」
「ほんな事ないもん! ウチの事好きやて、他の子なんか目に映らんてゆうてくれたもん!」
「落ち着け美世、頼むから正気になってくれ、そうだ、雛子に相談しろ、アイツならなんとかお前を正しい道に導いてくれるはず」
「もう相談した」
「そうか、で、なんて?」
「恋に年齢は関係ない、頑張れって
「しまったーーアイツもかーー! 大学から研究室直行のお嬢様をアテにした俺が間違ってた! つーか恋っつった? 今恋っつった? 明らかに年下の燕だろ?
まだその方がいいよ、テキトーに遊んで別れるつもりなんだろ? 若い肉体と甲子園ていうステータスが魅力的なだけなんだろ?」
「ウチがそんな事できるわけないやろ」
 美世が真っ赤な顔をして涙を溜めた目で睨みつけてきた。
「ああ……めまいが……」
 鷹山は額に手をあてて天井を仰いだ後、がっくりとうなだれた。
「あのさぁ、涼介も地区予選が近いんだろ? 毎晩そんな事してちゃマズイだろうが」
「い、いやそこまで行ったんは一回だけや、涼介もアホとちゃうからちゃんと考えてる、すぐに自分を戒めて
その……ウチにふさわしい人間になるて……自分の戦場で戦って勝ってみせるって、そしたらウチの横に堂々と立てるからその時は……」
 美世はゴニョゴニョと口ごもった。
「今は送り届けてすぐバイバイするだけや、その、キスして……あ、あのな、キスすると力が湧いてくるんやて
ごっつい球が速うなるんやて」
 唖然として美世を見つめる鷹山から目を逸らして俯いた美世は指をチョコチョコと遊ばせながらつぶやいた。
「その後すぐに帰りたあなくてあちこちブラブラと」
「いい年して甘酸っぱいなぁオイ、それでニヤニヤしながら徘徊してんのか?」
「ほっとけや、ウチがどんな顔しようと勝手やないか」
「しかしなんだよアイツ、押しがつえー上に女がときめくツボまで抑えてんの? お兄さんコエーよ」
「だからそんなんちゃうもん」
 俯いて黙ってしまった美世の横顔を見ながら鷹山は思った。自分は自分の思った通り、獣のように生きてきたのに、美世にはサラリーマン家庭の定規にハマったような親目線の口を叩こうとしている。鷹山は姿勢を正してふうっと息を吐いた。
「そこまで言うなら好きにすればいい、だが後悔すんなよ、あまり世間の風当たりはよくない恋路だぞ、覚悟はしとけ、お前は向かい風にピクリとも動じなくても相手は多感な時期だ、お前と歩調を同じくできるとは限らねんだからな」
「うん、わかってる」
 鷹山は後悔した、我ながら酷い演説だ。こんなやり取りをした以上、美世は自分の前では泣けないかもしれない。しかしそう悲観的になる事もない、この恋がうまくいけば何も問題ない。
 最悪、自分にも相談できずに追い詰められても今の美世には雛子もいる。それに山田もあと10ヶ月もすれば卒業する。それまで逃げ切ればいいのだ。鷹山は表情を隠す事を忘れて美世の頬を触った。
「あのな美世、お前を……」
「分かってる、ずっと前から分かってる」
「まだ何も言ってないけど」
 美世が鷹山の手首を握り、ゆっくりと近づいて手を胸に当てて頬を付けると目を瞑った」
「言わんでもわかんねん」
 鷹山が様子を探るように言った。
「どうした?」
「トボケんなボケェ、普通抱くタイミングやろ?」
 鷹山はフッと笑って美世の肩を覆うように両腕で抱いた。
「まだや」
 鷹山がさらに力を込めて締め上げると美世は足の力を抜いて鷹山に体を預け、嗚咽を我慢するように鷹山の名を呼んだ。
「トモ兄」
「なんだ」
「ウチ嬉しい」
「なんでだよ、グズグズと説教されるのが好きなのか? 自分で嫌だよこんなおっさん」
「ウチにはアホのオトンと異母兄弟しかおらん、今も昔もウチの事こない心配してくれる人なんか死んだオカン以外では、トモ兄と姉さんしかおらんのや、でもそれで十分や、それ以外はいらんわ」
「涼介も欲しくなったんだろ?」
「うん」
「欲しい物があるってのは幸せな事だ、行く所まで行ってみろ、ケツは持ってやるから」
 鷹山が美世を抱き直すと美世は鷹山の首筋に顔を埋めてむせび泣いた。