白物家電

白物家電を自転車の荷台に括りつけて、私は必死にペダルを漕いでいる。
いま思い出してみると、あれは冷蔵庫だったような気がする。
あんなにでかいものが自転車の荷台によく括りつけられたものだが、しかしそれはいまになって云えることで、考えても仕方がないことである。
ある街で、私はその冷蔵庫らしきものを打ち振り、人を撲殺した。
私はその者の頭部に白物家電を何度も打ちつけ、その者は絶命した。
私の心中は憎しみに満ちていて、そうするだけの正当な理由があった。しかしその正当性は私だけのものである。
頭部がへこみ、瞳孔が魚の目のように開かれた死体。傍らに放置された、強く打ちつづけたためにいびつに歪んでしまった冷蔵庫らしき白い箱。
それらを見た者は、殺人事件が起きたと思うだろう。
そのことに気がつき、私は自転車の荷台に白物家電を括りつけてペダルを漕ぎだした。
路地裏からバイパスにのり、北に向かって必死にペダルを漕いでいる。
この白くてでかい箱さえ処分すれば助かる。まだ誰にも知られていないはずだ。
いくつもの街を通過し、バイパスは広い河川を渡る橋にさしかかる。
橋の中央付近に自転車を止め、欄干から身を乗り出して見下ろしてみる。
産業廃棄物で汚染されたような灰色の水が眼下で渦巻いている。
ここから投げ捨ててしまおうか。しかしそれでは罪が重くなりはしないだろうか。
ここも矛盾しているが、やはりいまになっていえることである。
私は投棄をあきらめ、荷台に白物家電を積んだまま再びペダルを漕ぐ。
バイパス沿いの、竣工まじかの工事現場を通過する際、荷台のロープが解けてしまった。
白物家電が道端にごろごろと転がり、工事作業員たちの訝しげな視線が私に集まる。
「おいおい、そんなものはさっさとゴミ捨て場に持って行け。夕方には産業廃棄物の業者がトラックで引き取りにくるんだぞ」
現場監督らしき者が私に怒鳴った。彼は私を配下の作業員のひとりと勘違いしているようだ。
「明日、この建物は施主に引き渡すんだからな。そんな汚いガラクタを目立つことろに置いとくものじゃないぞ」
「了解しました」
私は建物の裏手に回り、木片や金属片で山になっている辺りに白物家電を投げ捨てた。
殺人事件の物的証拠はこうして秘密裏に処分されるのだ。
気づけば西の空は茜色に染まっている。もうすぐ産廃のトラックがこのゴミの山を引き取りに来る。
私は嬉しくてしかたがない。
人生、捨てたものではない。
しみじみとそう思ううちに涙が溢れてきた。
こんなふうに泣くのは久しぶりのことだ。
涙を流すのがこれほど気持ちの良いことだったとは。 
私はゴミの山を前にしていつまでも泣きつづけた。