オフィスの床を蹴る。警護係に接近。顔面を鷲掴みにし、後頭部を床に叩きつけた。
「悪いな」死体になったそいつに呟いてから、デスクの奥に縮こまる代議士に視線を向ける。
「あんたか? あのガキを殺したのは」
奴は蛙みたいな顔面を震わせながら、首を横に振った。「違うんだ」
上ずった声色に納得。確かに違う。こいつはただの買春客だ。
「知ってるよ。あんたは色々ばれたくなくて殺し屋を雇った。それだけだ」言いながら部屋の隅の消火器を拾い上げ、ロックを解除。
奴に歩み寄ると、恐怖しかねえ瞳が俺を見上げてきた。蛇に睨まれた蛙。
俺は奴の口にホースをねじ込み、無言でレバーを強く握る。噴射音。

蛙野郎は白目を剥く。腕をつかんでくるが構わねえ。奴が窒息死するまで、ノズルを握る手に力を込め続けた。

オフィスを出る。月明かりの下、健のアパートに向かう道すがら、ガキのスマホ(遺品)の電源を入れた。電話帳を呼び出す。
さっき殺した代議士の情報を削除。
軽くなるメモリに、あのガキも浮かばれやすくなるのかな、なんて思ったりした。

健のアパートに到着。呼び鈴を押す。ドアの向こうから足音。扉が開き、ジャージ姿の優男が抱きついてきた。
男にしては赤い唇から柑橘系の香りがふわっと薫る。奴は同じ匂いのする口で俺の唇をふさいできた。積極的だな。職場で嫌な事でもあったのか。
刑事も大変だなと思いつつ乱暴に押し倒す。服をひんむいて、俺も脱ぐ。そのままフロアマットの上で健の硬いケツに挿れる。正常位だ。

玄関でやった後、こいつは必ず靴とフロアマットの位置を整える。
微笑みってのを絶やさない優男の癖にこういう時の目は真剣だ。ちなみにフロアマットの模様はこんな感じだ。

石蝉砂蝶石蝶石蝶砂砂砂蝉石砂
砂蟻蝶砂石蟻砂蝶砂石砂蝶砂石
石蝶石蟻砂蝉砂蝉蟻石砂蟻蝉砂

石と砂の上に蝉と蝶と蟻が並んでいる。一度、何でそんなに真剣な顔すんのか尋いてみたら、僕自身だからと答えが返ってきた。意味分かんねえ。お前は石でも虫でもなくて
刑事だろ、と思う。もちろん俺の恋人でもある。が、まずは俺たちは仲間だ。共通の犯人を追っている。

3ヶ月前、健は妹を殺された。容疑者は俺だった。
冤罪ってやつだ。俺は殺し屋として生き抜くべく、かなり慎重に生きてきたんだがな。下手をこいちまった。依頼を受けて出向いた先の倉庫には裸の死体があった。
首が血塗れでよお。ほんのりと温かかったぜ。ガキの細い腕の先はスマホを握っていた。遠くでパトカーのサイレンが響いて、はめられたって分かって舌打ちした。

その後色々あって、俺と健は恋人になった。ガキはこいつの腹違いの妹で、援助交際をやっていた。手がかりになるかと死体から拝借したスマホの中には客の情報がずらり。
どれも大物だ。買春の発覚を恐れた奴らはスマホの所持者である俺を恐れ、殺し屋を差し向ける。
もちろん返り討ちだ。依頼主も始末。
同時並行でガキを殺した犯人を捜しているが、そのうち見つかるだろう。犯人は元客の中にいるはずだからな。

フロアマットを整える健に俺は訊く。「捜査はどうだ」「手詰まりだよ。ネットも酷い。今日も妹の悪口ばかりさ。しかも、増えてるんだ。情報」
俺は眉をひそめた。ネットは被害者を責める。ガキが売春してた。どこそこのホテルから出てきたのを見た。あることない事無責任に書く。それだけならいい。
「今日はゴムのメーカーまで書かれてたよ。しかも当たってる。これは犯人しか知らない情報だ」「畜生が」奥歯を噛む。ガキを殺してネットに拡散。愉快犯め。
「馬鹿っぽいけどね。情報が拡散され続けて、捜査は難航」健は立ち上がり居間に向かった。
その背を眺めて何となくフロアマットに視線を戻す。
……ふと気づいてしまった。虫たちは並んでKILLという文字列を作っている。虫がいる所は砂利がない。
拡散され続ける雑多な情報の中で、唯一回ってないのは、健の事だ。俺の心臓ははねた。一度思いつけば疑惑しかねえ。しかもKILLだ。
売春する妹を殺す。殺し屋の俺に罪をかぶせる。元客を俺に殺させる。……俺と恋人になったのもカモフラージュってやつか。
ガキの個人情報、名誉は関係ねえのか。ああ、死んじまってるもんな。お前が執着してたのは生きてた頃の妹ってことか。
すげえ執着だな。売春が許せなくて殺しちまうとかよお。どんだけ歪んだ愛情なんだよ。だが、くそ。俺は……。
「なあ、健」奴の背に声をかける。
「ん?」「俺の事、好きか?」
「うん。好きだよ。じゃないと、男になんか抱かれたくない」
微笑む奴の顔は幸せな女みたいで、俺は頭のどこかが痺れた。そして、こいつの言葉が本当ならいいのに、と女々しく思ったりした。